お蔵出し短編集
5
港で、死んだ魚を喰らって居る時に、ふと目の前が暗くなった。
「捕まえましたぜ」
細身のひょろりとした男がその犬に麻袋をかけていた。
犬は抵抗し暴れたが、麻袋はあっという間に裏返されて、口を両手で掴まれた。
犬は完全に囚われてしまった。
犬はそれでも暴れた。
自分を誰かが捕らえるという事、それ自体がなぜか犬には有り得ない事のように思えたので、それを是正すべくと体が勝手に動くようにして、暴れた。
だが、
暗闇の中で、犬の耳に声が聞こえた。
「良くやってくれた。後は、頼んだとおりの手筈でいい。もうすぐとある男女がここへやって来る。やって来れば私が教えるから、その女の方にこの犬を見せてくれればいい。女はこの犬を買うだろう。お前はその金を受け取れば、後は好きにすればいい」
その声は何処かで聞いた声音だった。
とても、何というか優しいような男の声音だった。
だから、犬は暴れるのを止めた。
「―――あの二人がそうだ」
優しげな男の声がそう呟くのが聞こえた。
何かが酷く懐かしい。
犬は、何かが起ころうとしている事に気がついた。
世界が再び動き出そうとしている。
何かが彼に日を差しかけようとしている。
犬はそれを待つ事にした。
麻袋がひょいと持ち上げられ、犬はその持ち上げる者に対し、運ばれるに任せた。