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お蔵出し短編集

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 2・最後の魔女


彼女はふうとため息をついた。
マイクからそっと口を離す。
窮屈な椅子から身を起こし、窓の外を眺める。
そこにあるのは、



青と灰色と、薄汚い赤色が包む、かつては美しかった、彼女の古里―――地球の姿だった。



ここは【ベータ・アース】。
宇宙空間への進出を目的とした人類がヒッグス粒子を発見してから重力の制御に成功し、他からの補給のない状態でも自給自足による生活を可能にするため、段階的に作り上げたスペースコロニー。
世界が彼女をここ、実験的スペースコロニー【ベータ・アース】に残し、勝手にいがみ合い『終わって』しまった時、彼女は自らの命を絶つことを考えた。
それは、きっと少しのボタン操作で終わる。
永い長い年月をかけて彼女が調べた結果、コロニーの中には【姿勢制御ボタン】があり、それを操作するだけで、コロニーはゆっくりとその軌道を修正することが出来ると分かったのだ。
そして、母なる地球に向けて、その胸に飛び込む子供のような素直さで、コロニーは堕ち始める。
大気圏で燃え尽きれば、彼女は灰になり地上に降り注ぐはずだった。
そのとき空を飛ぶ魔女は青空を作る炎に灼かれ、尽きるのだ。
しかし、
彼女は生き続けた。
一人ずつ斃れた彼女とともに在った同僚が、彼女にそうあることを望んだから。
窓の向こうに見える汚れた星が、彼女の弱った心を残酷に励ましたから。
そしてすっかり年老いた彼女は、今では失われた技術を一人で占め、最後の魔女となった。
魔女には千里眼があった。
生きている『カメラ』は彼女に地上の世界を見せた。
魔女には居ない場所の声を聞く耳があった。
壊れていない『マイク』は地上に残された僅かな音を拾い彼女に届けた。
魔女には居ない場所に届く声があった。
彼女の声を届ける『スピーカー』は、ただひとつだけ、地上にかつてあった宇宙基地に残った。
崩れた岩山の中に今ではほとんど失われ、気付く者もいないと思われた、閉ざされた宇宙基地の中に。
魔女の持つ魔力は電気で、理屈の知れない科学はブラックボックスという意味では、実に魔術と同一だ。
そして今ではほとんど全てが失われ、回復することは望めない。
―――少なくとも、彼女が生きて、ここでこうしている間には、絶対に。
彼女は地球に帰ることは望めない。
そこが彼女の古里であったとしても。
眼に見えても手は届かない。
星に墜ちることは出来たとしても、それは彼女の望む姿でも、処でもない。

ベッドに横になり、彼女は皺だらけの瞼を閉じる。
いつまで私はここでこうしているのだろう。
そう思った時、彼女の中をいつものように途方もない絶望が包んだ。

が、

ふと、声だけ識る彼のこと、ジャックのことが彼女の頭を掠めた。


『お前の先祖様が、お前の好きな人が、今はこの世界にいない全ての善霊が、きっとお前を守ってくれるさね』


「上手いことを言うわね、私も」
そう独りごちて、彼女は微笑む。
彼女は微睡みに墜ちながら、彼を全ての善なる霊が守るようにと、そっと神に祈った。
「ハッピー・ハロウィーン、ジャック。お前は私みたいに『あの世との境』を迷っちゃダメよ?」
最後の魔女はそして、眠りに落ちた。
彼女の回りには、今もこれからも決して明けない夜が、どこまでも果てなく広がっていた。

<了>

作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名