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お蔵出し短編集

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え、と僕はぽかんと口を開けた。
母はニコニコと笑って手紙の束を掴むと、父の書斎を出て行った。
僕はそのあとをおろおろと付いていった。
燃やす?
手紙を?
何かの間違いでは無くて?


母はためらわなかった。
まっすぐ向かった先は、家の暖炉だった。
煤は払ってあり、いつでも使うことが出来る状態にはなっている。
母はその暖炉の中に、そっと手紙を置いた。
そして台所の方に歩いて行ったかと思うと、すぐにまた戻ってきた。
その手にはプラスチックの拳銃みたいなものが握られている。
それが何かは、見れば一目で、疑いようもないシロモノだ。
―――『チャッカメン』じゃないか。
僕は何か言うべきなのかと思ったが、何かを言う前に、母は流れるような動作で、全くためらうことなく、暖炉の中につまれた手紙の束の下の方にチャッカメンでそっと火を付けた。
手紙はゆるりと炎になめられ、すぐにその火力は表面にもれなく伝わった。

父の書いた手紙は、炎に包まれ、煙となり、消えていった。

「なんで」
と僕は聞きかけて、言葉を途切れさせた。
それは父の呼び声で、母に語りかけるかつての言葉だったはずだ。
既に地上にいなくなってしまった父のそう言った言葉は、母には重いものになったのだろうか。
僕にはそれは分からない。
しかし、炎を見つめる母の目は、無表情であることに僕はふと気がついた。
じっと母は炎を眺めている。
父の声が消え去るのを、一人静かに見つめている。
炎の回りは早かった。
10分もする頃には、父の手紙は白い灰になっていた。
母が火掻き棒を持ってきて、さらにその灰を突き崩した。
黙りこくった母は、自分が突き崩した灰の方を、静かに眺めていた。
「いいのかよ」
僕はそれで、母に尋ねた。
「父さんとの想い出じゃないのかよ。それを、こんな風に燃やして、崩して、良かったのかよ」
僕のそんな非難がましい言葉を受けて、
母が、
僕を見た。
その目は微笑んでいて、なぜか、
悲しげな少女のような目をしていたので、それが酷く僕を動揺させた。

「あれは、私あてじゃないのよ」

母はそっと独り言のようにそう言った。
僕は『え』と呟いて母の方を見る。
そしてさらに母は、繰り返し言った。

「あれは、私あてじゃないから」

母はそして、続けた。
「あれは私の姉に当てたものなの。あんたには、伯母さんが居たのよ。あんたが生まれた歳に死んじゃったけどね」
そう続けられた母の言葉に、僕は絶句した。

同じ名字、宛てられた手紙、そしてそれは、

母ではなく、亡き姉へと。

父の机に隠された、秘密の束は、

母の手によって、煙と化して。

「以前見せて貰ったことがあるの。あんたの伯母さんが生きていた頃にね。
 眠れない夜中とかに、こっそり付き合っていた男の話を聞かさせられて、私はいつもどんな人なんだろうと思ってた。
 でも、私の姉は、あんたの伯母さんは、お父さんとあたしを引き合わせた日に、事故で死んじゃったのよ。
 それも、交通事故。
 笑っちゃうわよね。
 あんたのお父さんと、伯母さんは、昔好きあってて、同じ死に方をしたなんてさ。」

母はそう言って笑った。
皮肉っぽい笑いになるのかと思ったがそうではなかった。
むしろ、何かを思い出してくすくす笑うような、どこかいたずらっぽい女の子のような笑い方だった。
僕はその時、母がそんな笑い方をすることがあるのだと、初めて知った。

「私は姉が好きだった。
 姉の付き合っていたあの人が好きだった。
 あの人にとって、私が亡くなった姉の代役に過ぎなかったとしても、私はそれでも好きだった。
 私が好きな二人が、私を通じてひとつになるのが、何となく嬉しかったんだとか言ったら、あんたには少女趣味が過ぎるように聞こえるかしらね?」

母はそう言って、もういちど灰を火掻き棒で突き崩した。
それはきっと、母の抱く複雑な思いなのだ。

母は父が好きで、
母は自分の姉も好きで、
父は―――母の姉が好きだった。
母の姉は死んで、母の言を借りるなら、代役として母は父と結ばれた。
母はそれで満足だったというか、嬉しく思っていたと言った。
だけど、
それならば、

なぜ母は手紙を燃やし、灰を崩したのか、と思った。
母は母で、父が好きだったのではないかと僕は感じた。
それも途方もなく、凄く。
それこそ控えめに見積もっても、伯母が母を思い、父が伯母を思うことに、嫉妬のような想いを感じ、それを乗り越えたいと心のどこかで願う程度には。

だけれども、

母は母であるが故に、母の気持ちしか分からない。
しかし、肉体として僕を構成する成分の半分は紛れもなくその母からであるが、それでも、もう半分はきっとやはり父からなのだ。
僕は悲しく、やるせない。
そしてそれは多分、僕の半分が父で出来ているからこそわき上がる、気持ちの上の真実ではないかと思えた。
作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名