お蔵出し短編集
僕は真由美の病室にいた。
真由美は眠り続けている。
4年前の交通事故以来、ずっと。
僕たちは同じ大学へ行くことはなかった。
入学試験の当日に体調を崩した真由美が、テストで十分な実力を発揮できなかったからだ。
でも僕たちは付き合い続けて、お互いに地元から隣県の大学へと進学を果たした。
その年の夏に車の免許を取り、真由美は親から買ってもらった新しい車に乗って僕の家に遊びに来る途中、中央線を割った飲酒運転のトラックに正面から衝突された。
奇跡的に一命は取り留めたものの、それ以来真由美は目を覚まさない。
僕はと言えば、大学をこの春に卒業し、地元の企業に就職した。
大学のある県ではなく地元を希望したのは、真由美がそこの病院にいるからだ。
僕は真由美を、可能な限り毎日見舞うようにしている。
もしかしたら、今日こそは目を覚ますかもしれない。
毎日そんな思いを抱き続けている。
いや、「抱き続けていた」が正しいのかもしれない。
正直なところ、僕は少し疲れていた。
返事をしない真由美を、目を覚まさない真由美を待ち続けることに。
最初の1年は希望を持ち続けていた。
ある日、きっと真由美は目覚めるに違いない。
そう信じて待ち続けた。
しかしそれが2年目になると、苛立ちを感じる自分を自覚するようになった。
なぜ真由美は目を覚まさないのか。
耳元で呼んでも、体を揺さぶっても、まぶたすら動く気配もないままだった。
3年目になった。
僕は、このころから真由美がすでに死んでいるのではないかという思いに囚われるようになった。
真由美の心はすでに死んでいて、目の前に横たわるのは真由美の形をしたただの「モノ」なのではないだろうかと。
しかし非情なのは医学だ。
脳波は、途絶えたわけではなく単調ではあるが波を打っていた。
脳死ではなく、ただ目覚めないだけ。
先生はそう説明した。
しかしそれすらも、僕には電気的な信号が脳から発出されているという事実を告げているにすぎなく思えた。
真由美の心は死んでいる。
脳が、単独に活動を続けているだけだ。
4年目になり、そして、今。
僕は真由美を見舞うことが日課になっていた。
もちろん仕事なんかに支障がなければの話なのだが。
もう僕には、真由美がいつか目を覚ますと言うことが、捨てきれず頭にこびりつく小さな望み程度のものとしてしか自覚できなくなっている。
正確に表現すればきっとそう言うことなのだろう。
目を覚ませばしめたもの。
でも期待はもはや抱いていない。
そう思っているはずだった。