お蔵出し短編集
彼は崩壊家庭の子供だった。
父親は7年前に失踪して以来行方が知れず、残った母親はアルコール漬けで、絶えず彼と彼の病のことを罵り、一方的かつ勝手に絶望し続けた。
そして彼の家にはいつからか、日常的にこうした嵐が巻き起こるようになった。
でも、私に出来ることはなかった。
一度警察に届けようと彼を説得したことがある。
でも、彼は首を縦に振らなかった。
高校生というのは実に中途半端な年代だ。
まだ自立した大人であるはずもないのに、無垢な子供よりは世界の理屈が否応なしに分かってしまう。
そんな私の言葉は、思いは、そんな彼には通じることが無く、時間ばかりを無駄に重ねながら端的かつ断片的に私が理解出来たことはたったひとつだった。
つまり、彼はそれでも家族として母親が好きだったのだ。
付近の家の人間が何度か警察に通報を行ったが、結局彼自身が保護されることを拒んだために、事件沙汰になることはなく、近所の人間はそれで彼と彼の母親のことを『諦めた』。
それをそれとして、『日常』とすることを許し、眼を閉じて耳を塞ぐことに決めたのだ。