お蔵出し短編集
少し冷静になって考えてみる。
一体この野郎は誰なのか?
だから、
「あなたは誰だ、この野郎」
僕はそんな風になるべく心穏やかになるよう努力をしながら尋ねてみた。
すると、
『ハイ、ワタクシあなたのタカラダです!あなたの!あなたのためのタカラダです!『ジャパンネットワーク商会』はご存じですね?テレビやラジオでおなじみです!しかも!なんとホンモノ!証拠にワタクシ歌いましょうか?ジャパ〜〜ンネット〜ジャパンネット〜〜』
そして男はとうとうと唱い上げ始めた。
で、
僕は困ってしまった。
確かにこの男の声は深夜のテレビショッピングなんかで良く聞くあの声に瓜二つだ。
だがしかし、アレはテレビで放送だ。
こっちは電話で個人向けも甚だしい。
しかも、
『それでは続けさせて頂きますが、なんと本日のオススメは水道水!あの、蛇口を捻るとどこのご家庭でも直ちに楽しめる水道水が!なんと!今だけの特別価格でジャパンネットワーク商会がお届け致します!』
「はあ」
男のまくし立てる勢いに、思わず僕は生返事をする。
『しかもそれだけではありません!今だけ、今ならなんと、水道水に特別に!凄いおまけが付いてくる!』
男のまくし立てる声の向こうで、『うわあ』という声と拍手の音が聞こえた。
なんていうか、もしかして、電話の向こうってテレビショッピングのスタジオ?
『皆さん、何が付いてくると思いますか?40インチの液晶テレビ?いいえ!違います!お掃除ロボットジルバ?いえいえ、違いますよ?なんと、本日水道水をお買い上げになった皆様にもれなく!もれなく付いてくるのは!なんと!』
・・・なんと?
『レモン石鹸!!!あのレモン石鹸が、三つも、真っ赤なみかんネットに入って付いてくるんです!!!』
ぶっと思わず僕は吹き出した。
レモン・・・石鹸?
言うに事欠いて、レモン石鹸だと?!
『しかもこのレモン石鹸、みかんネット入りなんです!ということはですよ?直ちに先っぽをご自宅の水道の蛇口に引っかけて、手を洗うのに活用出来るという優れものなんです!』
「はあ」
呆れた僕には生返事しか出てこない。
『それではお値段ですが』
聞きながら、半ば僕は思っていた。
どうでもいいや。
所詮きっといたずら電話なのかも知れないし、どうせ僕は暇をもてあましている半分以上干上がった『私生活しかない芸能人』なのだ。
だから僕は自分の携帯電話を耳に当てながら、男の言葉が続くのを待った。
スピーカーの向こうでざわざわとざわめく声が聞こえる。
バラエティには僕だって出たことがあるから知っているけど、それはきっとわざとらしい『会場』の効果音だ。
『今だけ、特別価格です。送料手数料はモチロンジャパンネットワーク商会が負担!さらにさらに!今だけ古い水道水を引き取ります。お届けするのと同じリッターだけ無料で!ジャパンネットワーク商会が引き取ります!ただ、別途家電リサイクル料金のみはご負担下さいませ』
あ、いや、今さりげなく『家電リサイクル』とか言っていないか、この男?
僕がそんなことを思っていると、ひときわ大きな声で男が言い放った。
『いまだけ!今だけの特別価格で、なんと!』