素直になれない
Episode.3
翌日、会社に向かうと進藤はやはりもう来ていた。俺は昨日の事を思い出さないように、なるべく進藤の顔を見ないようにした。
「足立さん、今日なんか元気なくないですか?」
同じ営業部の女性社員がそう俺に声をかけてきた。
「え…そうかな?」
顔を上げて彼女の方を向いた。
「顔、真っ赤じゃないですか!熱でもあるんじゃ…。体調、悪そうですし今日は早退したほうがいいですよ。できることは私がやっておきますから。」
「そ、そうか…すまない。ありがとう。」
熱か…風邪なんて引いたのは何年ぶりだろう。あぁ昨日どうかしてたのも熱のせいか。そうか。そうだよな…。
「部長、僕少し熱があるみたいなので有給使わせてもらってもいいですか。すみません。」
「そうか、足立くんが早退だなんて珍しいな。ゆっくりやすみなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
家に帰る途中に、薬局に寄って薬と栄養剤を買った。
家に着いたらすぐにベッドへ倒れ込んで眠ってしまった。
「ピンポーン。」
玄関のチャイムの音が鳴って俺は目が覚めた。
「誰だよ…こんな時に…。」
「はーい…。」
玄関のドアを開けると、何やらたくさん入ったスーパーの袋を持った、進藤の姿があった。
「あ…すみません突然来てしまって。先輩が体調を崩されたと聞いたので、もしかして俺の教育係になって疲れていたのではないかと思って…。」
「え、あ…どうして俺の家が分かったんだ?」
「あ、それは部長に聞いて。」
「そ、そうか。とりあえずあがれよ。」
「はい…。」
ホントになんなんだこいつは…まだ知り合って数日しか経っていない俺の見舞いに来たっていうのか?わざわざ部長に住所まで聞いて…。
普通、業務連絡用のメール1通で十分だろ。なんて真面目な奴なんだ。
「悪い、散らかってて。適当に座れよ。」
「はい、すみません。あ、先輩は寝ててください。俺のせいで風邪長引いちゃったら本末転倒なんで…。」
「お、おうそうか。悪いな。」
後輩に看病されるとか俺どんだけ情けねぇんだよ。つーかこいつ、なんで俺にそこまで…。
「あの…先輩、おかゆとか作ったら食べられます?」
「え、あうん…。食べられるけど…。」
「そうですか。じゃあちょっとキッチンお借りしますね。」
え、え!?なんだよこの状況!看病しに来てもらっておかゆまで作ってくれるとか…まるで彼女じゃないか…。ていうかこいつ料理もできんの?不愛想なくせに面倒見がいいとか、変な奴だなホントに。
「先輩…できました。これ…良かったら食べてください。それじゃ俺、帰りますんで。」
「お、おう…ありがとう…。」
「いえ、お大事に。」
そういって進藤は帰って行った。
それから俺は進藤の作ったおかゆに手を付けた。
「なんだよこれ…超うめぇじゃねーか…。」
俺はそれをぺろりと食べてしまって、すぐに眠りについた。
翌朝、目が覚めて熱を測ってみるとすっかり下がっていた。
よかった、これでもう仕事に行けるな。
すっきりした気分で会社へ向かうと、いつものように進藤がオフィスにいた。
俺は、昨日情けない姿を見せてしまったので、少し顔が見づらかった。
「お、おはよう進藤。昨日は、なんていうかその…ありがとな。」
「おはようございます。先輩。いえ、たいしたことじゃないですから…。」
「そうか…あっでもな、おかゆの味付け、ちょっと薄かったぞ。こ、今度はちゃんと作れよな。」
照れ隠しのつもりで言った言葉だったが、よくよく考えてみたら、次は、って…。
「次…?」
「あっその!別にこれはそういうことじゃなくて…。」
「また、作りに行ってもいいんですか?」
「いやあのだから…。」
見たことのない嬉しそうな目でこちらを見ている進藤の姿に、「まぁいいか。」と思ってしまった。
そして、その日の夜もその次の日の夜も、進藤は毎晩俺の家に来て飯を作ってくれた。飯をふるまう時の進藤の目は、いつになく楽しそうで、俺が「うまい」というと、更に嬉しそうに照れながら笑った。俺はそんな進藤の笑顔に知らないうちに惹かれていったのだった。