誰ガ為ニ剣ヲ振ル
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マトイの手を引いて走りだした私は、そうした事を少しだけ後悔していた。
普段から、興味が沸いた事を確かめられずにいられない私を、冷静になだめてくれていたのがマトイだったが、今回に限っては違った。
今回は彼女自身も好奇心に負けてしまったようで、私が出した案をすんなり聞き入れてしまったのだ。
その時は、なぜか嬉しくて、ついつい彼女を引っ張って走り出してしまったが、断続的に鳴る音が近づくにつれて「あぁ、やっちゃったなぁ。」と思ってしまう。
昔のこともあり、暗い顔をするのが嫌でいつも笑っているせいか、楽天家や、脳天気のようなイメージになっているけれど、本当は怖がりで臆病なのだ。
後ろを走る黒いロングヘヤーの少女は、いつも私を姉のように導いてくれた。叱る時も褒める時も、血のつながりは無くとも、本当の姉妹のように接してくれた。
だからこそ、今この手を引いていることが不安になったのだ。もしこの先にあるものが危険なもので、マトイを失ってしまったらどうしよう。
そんな事が頭をよぎってしまい、途端に怖くなってしまった。
けれど、マトイも正体を突き止めたいらしく、引き返そうとは言ってこない。
(こうなったら、何が来ようが私が守ってみせる。)
私は密かに、そう決意した。
元より、自分が言い出さなければ、あのまま馬のいる森の入り口まで戻っていただろう。
引き金を引いたのは私だ、ならば自分が頑張るべきだと、心を奮い立たせた。
走りながら、少し後ろを振り返る。マトイの装備は、私のものと比べると随分軽装だ。
布製の羽織を帯で縛り、そこに反りのある片刃の剣を鞘に入れて差している。
刃渡りは腕1本分程度ではあるが、森の獣相手なら充分だ。
ふと、マトイと目があった。彼女の赤い瞳に見つめられると、心を読まれていそうな錯覚に陥ってしまいそうになる。
動揺を隠すために、私はいつもの様に笑って見せる。すると彼女は
「私は怖く無いですよ、ミレイユがいれば大丈夫ですから。」
そう言って私に微笑み返した。
(なんだか本当に心を読まれてる気がするなぁ。)
内心では苦笑いしながらも、その微笑を見ると心が少し安らいだ。それと同時に、マトイを守るという決意も、より固くなった。
「ねぇマトイ、すっごい新種の竜種とかだったらどうする?」
落ち着いてきた私は、そんな冗談を投げかける。
「そうですね、その時は猛ダッシュで逃げましょうか。」
マトイも、ふふっと笑いながら冗談で返してくる。
しかし実際、あんな爆音のするものを、私は火薬で出来た爆薬以外知らなかった。
あながち的外れでは無いのかも?などと考えながら走っていると、少し高い岩山が見えた。岩壁には木々は生えておらず、頂上は平地になっているようだ。
「ミレイユ! あそこ!」
突如叫んだマトイに驚き振り返ると、岩山を指差して凝視している。指差した方向を見ると、岩山の一部が崩れ、土煙が上がっていた。
繋いでいるマトイの手に力が入るのが分かる。私も気を引き締め直した。
「あそこっぽいね、どこかから登れないかな?」
辺りを見回すと、岩盤が崩れ、手をかけて登れそうな場所を見つけた。
「私は登れるけど、マトイは平気そう?」
あまり腕力の無いマトイを心配して聞いてみたが
「平気です、いざとなったらミレイユに引っ張り上げてもらいますから。」
そう言って私より先に走って行ってしまった。私を猿人種だと思ってない?と、苦笑いしながら後を追う。
おかげさまで、もうさっきのような怖さは無くなっていた。
いざ登りだすと、思ったよりも斜面が急で、登るのに時間が掛かってしまった。
結局、マトイが途中で「やっぱり無理そうです・・・。」と言ってきたので、彼女を下から押し上げながら登る形になり、疲労は2人分である。
しかしそう言ってきたマトイの照れ笑いに、また元気を貰ったので、それは良しとしよう。
そうして、どうにかこうにか頂上に辿り着いた私は、先に到着していたマトイが、キョトンとした顔で立っているのを見つけた。
何事かと彼女の視線を追うと、その先には幼い女の子が倒れていた。
「女の子・・・?」