誰ガ為ニ剣ヲ振ル
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なぜこんな所に、こんな幼い女の子が倒れているのだろう。
状況が理解できず固まる私の横で、ミレイユの声が聞こえた。
「女の子・・・?」
その声で、ハッと正気に戻った私は、慌てて女の子に駆け寄った。
10歳ぐらいだろうか、私は座り込み、女の子を抱き起こした。
「ううん。」
少女は微かに反応した。しかし意識は戻っていない、早く村に帰って手当しないと・・・。
少女の無事を確認して安堵した矢先、隣でミレイユが驚愕の声を上げた。
「何・・・これ・・・。」
その声で顔を上げた私の目に入ったのは、イムレイス帝国の紋章が入った鎧を着ている、数人の兵士の亡骸だった。
どの遺体も五体満足ではなく、腕や脚が根本から無くなっていた。「切れた」と、いうよりは「ちぎれた」ような傷口をしている。
(この傷口・・・まるで火薬が暴発したような・・・。)
昔、ミレイユと鉱石を採取するために壁に爆薬を仕掛けた時、爆薬の近くに小さな耳長種が近づいてきた。岩壁もろとも爆発したその耳長種の傷口、それとよく似ている。
「急いでここから離れましょう。」
私はそう言って少女を抱えようとする。
「私が持つよ、マトイが運ぶより早い。」
抱き起こした少女を、ミレイユがヒョイと肩に担いで走りだした。
「ほら、急ごうよマトイ。」
頷いた私も立ち上がり、登ってきた岩壁に向かって走りだす。しかし、なぜ休戦中の帝国兵がこんなところに居たのか、この少女は一体何者なのか。
岩壁の端に辿り着き、私とミレイユは崖を降りていく。
登る時は体を持ち上げられずに断念したが、降りる時は幾分か楽で、マトイの手を借りること無く降りることが出来た。少女を抱えているマトイに、私も抱えて降ろしてなどと、到底言えはしないのだが・・・。
なんとか岩山を降りた私達は、一目散に森の入り口を目指した。
少女の手当をしたいのもあったが、何より、あれ以上あの場所にいる事が嫌だった。
30分程で、馬を繋いでいた場所に出た。
「よかった、この子も無事でしたね。」
私はホッと胸を撫で下ろした。繋いであるロープを外し、ミレイユが荷車に少女を乗せた。
「馬には私が乗るよ、マトイは荷車に乗って、その子を見ておいて。」
そう言うと、ミレイユは軽やかに馬に跨った。
私も荷車に乗り込み、座って少女の頭を膝に乗せた。
ミレイユが脚で軽く馬の腹を蹴ると、馬はゆっくりと歩き出した。
徐々に早足になり、ある程度のスピードを維持しだす。後ろに乗っている私と少女を気遣っての事だろう。
彼女が馬を走らせている間に、私は頭の中を整理しようとしていた。
帝国の兵士、有り得ない傷口、そしてこの少女。
戦争中ならともかく、休戦している今、帝国の兵士が民間人を襲ったとなれば、再び戦争の引き金になりかねない。それに、この子を襲ったのであろう兵士が、逆にあんな惨事になっていたことも不思議だった。
(まさか、本当に竜種でもいて暴れたのでしょうか・・・。)
あまりの出来事に、そんな有り得ない事まで頭をよぎる。竜種自体、グラム公国では珍しい存在で、霊峰と言われる<イスパム山>にしかいないはずだ。
結局、それらしい答えが出ず、考えるのをやめた私は、膝に乗せた少女を見る。
まだ幼い顔立ちに、薄い桃色の髪、黒い布を頭から被り、頭と腕をそこから出したような見慣れない服装。
(あら、これは・・・?)
胸元に、これも見慣れない刺繍の紋章が入っている。私はあまり詳しくは無いが、公国や帝国の紋章とは違っていた。
(シスターなら、もしかすると知っているかも知れませんね。)
シスターは、長く首都に居たと聞いたことがある、彼女ならあるいは・・・。
そう考えたところで。
「マトイ、見えてきたよ!」
馬の進む前方に小さな民家が見えてきた、石で出来た塀の中に、木造の家屋が建ち並ぶ。私達は帰って来たのだ。
「おかえりミレイユちゃん、心配したぜ。」
そう言って迎えてくれたのは、この村の門を守ってくれている、民兵のおじさんだった。門といっても木で出来た粗末な物だが、やはり門番がいるだけで安心感は段違いだ。
2人で、おじさんに軽く挨拶をすると、急いで自分たちの家へ向かった。
家の前に馬を繋ぎ、ミレイユが少女を抱えて扉を開けた。
「シスター!大変だよ、すぐ来て!」
ミレイユが玄関からそう叫ぶと、奥の部屋から修道服を着た女性が現れた。
育ての親と言っても、孤児院があった頃は、シスターも私達ぐらいの年齢だったので、村の母親と呼ばれる人たちよりは随分と若い。
「ミレイユ! マトイ! あぁよかった、無事だったのね。」
シスターの口から安堵の息が漏れる。いつもなら夕方には2人共帰っているはずなのだから無理もなかった。
「積もる話は後で、今はこの子を診てもらえませんか。」
私はミレイユに抱えられた少女を指差した。
シスターは少女に気づくと、状況を多少把握してくれたのか。
「分かった、早く奥のベッドに寝かせて。」
そう言うと、薬などを保管している部屋に駆け込んでいった。私達は少女をベッドのある部屋に連れて行き、そっと寝かせた。
「大丈夫かな、この子。」
心配そうにミレイユが見つめていると、シスターが薬や包帯を抱えて部屋に入ってきた。すぐに少女の服を脱がせ、怪我が無いか確かめる。一通り調べ終わると。
「大丈夫、気を失ってるだけで怪我は無いわ。しばらくすれば目を覚ますでしょう。」
シスターのその言葉を聞いた瞬間
「「よかった~!」」
と、声を合わせて喜び、その場に腰から崩れ落ちた。
ここ数時間、ずっと張り詰めていた緊張の糸が、一気に解けてしまったのだった。
まったくあんたたちは、そう言いながら少女の服を片付けていたシスターだったが、少女の服に入っていた刺繍の紋章を見た瞬間、顔色が変わった。
「この紋章、どうしてこんな所に・・・。」
呟いたシスターが、緊張した面持ちで私達2人に振り向く。
見慣れないその顔に、私達の背筋がピンと伸びた。
「2人共、何があったか詳しく話しなさい。」
そう言って、シスターは居間に戻っていった。私とミレイユは顔を見合わせ、不安に駆られながら彼女を追った。