誰ガ為ニ剣ヲ振ル
1章 <邂逅>
-1-
雨の音が聞こえる。
土砂降りの雨が落ちる音で目が覚めた私は、寝ぼけ眼で辺りを見回す。
周囲の壁は岩で出来ており、立ち上がると、天井が近くに見えるほど低かった。
隣には昨夜つけてあった焚き火が、燃やすものをくれと小さく燻っている。
消えそうな焚き火に小枝を焚べると、火はすぐに大きくなった。
急な豪雨に襲われ、慌てて飛び込んだのが今いる小さな洞窟だった。洞窟の入り口に目をやると、未だに雨は変わらぬ勢いで降り続いている。
(この雨、いつまで降るのでしょうか・・・。)
一向に止む気配の無い雨を眺め、1人肩を落としていると、入口側で寝ていた私と、焚き火を挟んで反対側に寝ていた少女が目を覚ました。
「んん、おはようマトイ。」
まだ眠そうな目を擦りながら、少女が体を起こす。
使い込んで、多少傷が目立ち始めたレザーアーマーを着用したまま寝ていたのが悪かったのか、起き上がって体を伸ばすと、骨がボキボキと音を立てた。
少女の傍らには、小さめの厚い皮で出来た丸い盾と、彼女の体の半分ほどの長さはある両刃の剣が置いてあった。普段から使っている愛剣と盾だ。
「おはようございます、まだ降り続いてるみたいですよ、ミレイユ。」
体をあちこち伸ばし、骨を鳴らすミレイユに挨拶を返す。
「ほんとだ、しっかしよく降るねぇ、一体いつまで降るんだろうこの雨。」
ハキハキと快活そうな声でそう言った彼女は、今にも洞窟の中を走り出しそうな勢いだ。
普段から少し落ち着きなく見られる彼女だが、実際、10秒もじっとしていられればいいほうである。
金髪のセミロングを後ろで軽くまとめ、洞窟の中を落ち着きなく歩きまわる。早く外に出たくて仕方ないようだ。
無理もない、前日の昼間は汗が吹き出すほどの快晴だったのが、夕暮れ時に降りだした雨が豪雨となり、駆け込んだこの洞窟から出られなくなってしまってから、もう半日以上経過していた。
外を眺め、少しばかり不安を感じてしまった私の顔の前に、ぬうっとミレイユの顔が近づく。
「だーいじょうぶだって! きっともうすぐ止むよ!」
薄い青の瞳で私を見つめてそう言い放つと、ニコッと笑い後ろを向いた。
確かに落ち着きは無いが、この笑顔に今まで何度安心させられただろう。
そんなことを考えて、私も少し頬が緩んだ。
「そうですね、雨が止んだら村に戻って、今回の収穫を皆に見せてあげないと。」
そう言って、私は腰に下げてある小さな革袋に手を添える。
昨日、私とミレイユが手に入れた物とは、この<バルレンシア大陸>ではとても貴重な鉱石の事だ。
<レジライト鉱>と呼ばれるその鉱石は、鉄など比べ物にならない硬度を持った白い鉱石で、加工するにも特殊な技術が必要ではあるが、原石のままでもかなりの値段で取引されていて、これが村の近くで取れるとなれば、私達の生活もずっと良くなるだろう。
普段の私たちは、山の麓にある50人程度の住民しかいない小さな村に住んでいて、2人で森の動物を狩ったり、食べられる果物や植物を採取し、村に持ち帰って売ることで生計を立てている。
私とミレイユは元々、<グラム公国>の辺境にある村にあった孤児院の出身だった。
しかし、当時は隣国である<イムレイス帝国>との戦争中だったこともあり、6歳の時に村もろとも無くなってしまい、孤児院のシスターと一緒に、私達を含む数人の子供が命からがら逃げ付いたのが今の村だ。
そうこうしている間に、戦争は休戦という形で落ち着き、今の村で育った私達だが、同じく逃げ延びた他の子供達は皆、公国の首都<ザスティア>へ旅立ってしまい、10年経った今、私とミレイユだけが村に残っている。
村にいる若者は私達だけという事もあり、持ち帰る食料や鉱石、その他様々な物は割と重宝されているようだった。
しかしこの雨では、戦利品を載せるための荷車と一緒に、森の入り口に繋いである馬が心配である。別段、裕福な生活をしている訳では無い私達にとって、馬も荷車も貴重な財産だ。
近くには食べられる野草も生えていたし、大きな木が雨よけにもなって大丈夫だとは思うのだけれど・・・。
そんな事を考えていると
「お!あっちの方、雲が切れてきたよ!」
真っ黒な雲の隙間から、ひょっこり日の光が顔を出す。
1日近く、暗い空か洞窟の天井しか見ていなかったせいか、私もミレイユも思わず笑顔になった。
これなら、もう少しすれば雨も止みそうだ。そう安堵しかけた矢先、凄まじい爆音が辺りに響き渡る。
「わわわ、何この音!」
洞窟の天井から、振動で小さな小石が落ちてくる。
外からは、雨の音に混じって、逃げ惑う動物達の鳴き声も聞こえていた。
(雨が降っているのに爆破音・・・?)
この雨の中で、火薬を使用するような爆弾は使えないだろう。これだけの音と衝撃を出せるような物に、私は心当たりが無かった。
不審に思っていると、今度は続けて2回の爆音と衝撃。
さすがに、洞窟の中で天井が崩れては命に関わる。私とミレイユは顔を見合わせ、大急ぎで荷物をまとめて外に出た。
まだ雨は降り続いている。私たちは近くに見えた大きめの木の下に逃げ込んだ。
と、同時にまた爆音、衝撃。
「一体なんなんでしょうこの音、すごい音と衝撃ですね。」
ミレイユに心当たりが無いかと思ったが、彼女も首を横に振る。
「わからない、どう考えても爆弾の音だけど・・・。」
彼女も、私と同じ思考に至ったらしく、考えこんでしまった。
私達も、小さな爆弾を使って鉱石を持ち帰ったりもする。今回、レジライト鉱を見つけたのもそのおかげだ。2人で大喜びして、続けてみようと相談していたところに雨が降り、爆薬が使えなくなってしまい、仕方なく諦めたのだ。
音の正体が分からぬまま大樹の下で立ち尽くしていると、降り続いた雨がようやく終わりを迎えようとしていた。滝のように降り続いた雨は、小雨に変わろうとしている。
私たちは顔を見合わせ、思わずガッツポーズをした。
これで帰れる、そう思った反面、私はどうしてもさっきの爆音の正体が気になり、音の鳴っていた方角を見つめた。
そんな私の心情を察してなのか、己の好奇心故か
「見に行ってみる?」
と、ミレイユが私の顔を覗き込み、瞳をキラキラさせながら提案してくる。
普段の私なら、帰ることを優先したはずなのだけれど、この時だけはなぜか好奇心が勝ってしまった。
少しの葛藤の後、彼女を見つめ頷くと、ミレイユはいつもの笑顔を見せ、私の手を引き、音の鳴る方へ走りだした。
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雨の音が聞こえる。
土砂降りの雨が落ちる音で目が覚めた私は、寝ぼけ眼で辺りを見回す。
周囲の壁は岩で出来ており、立ち上がると、天井が近くに見えるほど低かった。
隣には昨夜つけてあった焚き火が、燃やすものをくれと小さく燻っている。
消えそうな焚き火に小枝を焚べると、火はすぐに大きくなった。
急な豪雨に襲われ、慌てて飛び込んだのが今いる小さな洞窟だった。洞窟の入り口に目をやると、未だに雨は変わらぬ勢いで降り続いている。
(この雨、いつまで降るのでしょうか・・・。)
一向に止む気配の無い雨を眺め、1人肩を落としていると、入口側で寝ていた私と、焚き火を挟んで反対側に寝ていた少女が目を覚ました。
「んん、おはようマトイ。」
まだ眠そうな目を擦りながら、少女が体を起こす。
使い込んで、多少傷が目立ち始めたレザーアーマーを着用したまま寝ていたのが悪かったのか、起き上がって体を伸ばすと、骨がボキボキと音を立てた。
少女の傍らには、小さめの厚い皮で出来た丸い盾と、彼女の体の半分ほどの長さはある両刃の剣が置いてあった。普段から使っている愛剣と盾だ。
「おはようございます、まだ降り続いてるみたいですよ、ミレイユ。」
体をあちこち伸ばし、骨を鳴らすミレイユに挨拶を返す。
「ほんとだ、しっかしよく降るねぇ、一体いつまで降るんだろうこの雨。」
ハキハキと快活そうな声でそう言った彼女は、今にも洞窟の中を走り出しそうな勢いだ。
普段から少し落ち着きなく見られる彼女だが、実際、10秒もじっとしていられればいいほうである。
金髪のセミロングを後ろで軽くまとめ、洞窟の中を落ち着きなく歩きまわる。早く外に出たくて仕方ないようだ。
無理もない、前日の昼間は汗が吹き出すほどの快晴だったのが、夕暮れ時に降りだした雨が豪雨となり、駆け込んだこの洞窟から出られなくなってしまってから、もう半日以上経過していた。
外を眺め、少しばかり不安を感じてしまった私の顔の前に、ぬうっとミレイユの顔が近づく。
「だーいじょうぶだって! きっともうすぐ止むよ!」
薄い青の瞳で私を見つめてそう言い放つと、ニコッと笑い後ろを向いた。
確かに落ち着きは無いが、この笑顔に今まで何度安心させられただろう。
そんなことを考えて、私も少し頬が緩んだ。
「そうですね、雨が止んだら村に戻って、今回の収穫を皆に見せてあげないと。」
そう言って、私は腰に下げてある小さな革袋に手を添える。
昨日、私とミレイユが手に入れた物とは、この<バルレンシア大陸>ではとても貴重な鉱石の事だ。
<レジライト鉱>と呼ばれるその鉱石は、鉄など比べ物にならない硬度を持った白い鉱石で、加工するにも特殊な技術が必要ではあるが、原石のままでもかなりの値段で取引されていて、これが村の近くで取れるとなれば、私達の生活もずっと良くなるだろう。
普段の私たちは、山の麓にある50人程度の住民しかいない小さな村に住んでいて、2人で森の動物を狩ったり、食べられる果物や植物を採取し、村に持ち帰って売ることで生計を立てている。
私とミレイユは元々、<グラム公国>の辺境にある村にあった孤児院の出身だった。
しかし、当時は隣国である<イムレイス帝国>との戦争中だったこともあり、6歳の時に村もろとも無くなってしまい、孤児院のシスターと一緒に、私達を含む数人の子供が命からがら逃げ付いたのが今の村だ。
そうこうしている間に、戦争は休戦という形で落ち着き、今の村で育った私達だが、同じく逃げ延びた他の子供達は皆、公国の首都<ザスティア>へ旅立ってしまい、10年経った今、私とミレイユだけが村に残っている。
村にいる若者は私達だけという事もあり、持ち帰る食料や鉱石、その他様々な物は割と重宝されているようだった。
しかしこの雨では、戦利品を載せるための荷車と一緒に、森の入り口に繋いである馬が心配である。別段、裕福な生活をしている訳では無い私達にとって、馬も荷車も貴重な財産だ。
近くには食べられる野草も生えていたし、大きな木が雨よけにもなって大丈夫だとは思うのだけれど・・・。
そんな事を考えていると
「お!あっちの方、雲が切れてきたよ!」
真っ黒な雲の隙間から、ひょっこり日の光が顔を出す。
1日近く、暗い空か洞窟の天井しか見ていなかったせいか、私もミレイユも思わず笑顔になった。
これなら、もう少しすれば雨も止みそうだ。そう安堵しかけた矢先、凄まじい爆音が辺りに響き渡る。
「わわわ、何この音!」
洞窟の天井から、振動で小さな小石が落ちてくる。
外からは、雨の音に混じって、逃げ惑う動物達の鳴き声も聞こえていた。
(雨が降っているのに爆破音・・・?)
この雨の中で、火薬を使用するような爆弾は使えないだろう。これだけの音と衝撃を出せるような物に、私は心当たりが無かった。
不審に思っていると、今度は続けて2回の爆音と衝撃。
さすがに、洞窟の中で天井が崩れては命に関わる。私とミレイユは顔を見合わせ、大急ぎで荷物をまとめて外に出た。
まだ雨は降り続いている。私たちは近くに見えた大きめの木の下に逃げ込んだ。
と、同時にまた爆音、衝撃。
「一体なんなんでしょうこの音、すごい音と衝撃ですね。」
ミレイユに心当たりが無いかと思ったが、彼女も首を横に振る。
「わからない、どう考えても爆弾の音だけど・・・。」
彼女も、私と同じ思考に至ったらしく、考えこんでしまった。
私達も、小さな爆弾を使って鉱石を持ち帰ったりもする。今回、レジライト鉱を見つけたのもそのおかげだ。2人で大喜びして、続けてみようと相談していたところに雨が降り、爆薬が使えなくなってしまい、仕方なく諦めたのだ。
音の正体が分からぬまま大樹の下で立ち尽くしていると、降り続いた雨がようやく終わりを迎えようとしていた。滝のように降り続いた雨は、小雨に変わろうとしている。
私たちは顔を見合わせ、思わずガッツポーズをした。
これで帰れる、そう思った反面、私はどうしてもさっきの爆音の正体が気になり、音の鳴っていた方角を見つめた。
そんな私の心情を察してなのか、己の好奇心故か
「見に行ってみる?」
と、ミレイユが私の顔を覗き込み、瞳をキラキラさせながら提案してくる。
普段の私なら、帰ることを優先したはずなのだけれど、この時だけはなぜか好奇心が勝ってしまった。
少しの葛藤の後、彼女を見つめ頷くと、ミレイユはいつもの笑顔を見せ、私の手を引き、音の鳴る方へ走りだした。