センチュリア ~閑話~
目の前には、さまざまな形態の道具が並んでいる。
箱型、鍵形、何かの取っ手、動物の模型、球など統一性は皆無だ。しかしそれらのすべての品は同じくくりとして店先に並べられている。
「呪具、って言うんですかこの辺りでは」
「っえ。ええ、そうですよ。当店はこの町随一の呪具屋でございますので、品質は確かですとも。特にこれ」
と、リイラの前に差し出されたのは、小さな鏡だった。持ち手も何もなく、表面の輝きも鈍いため、姿を映すことはできない。ただ裏側の彫刻は細かいつくりであった。
「〝時の鏡〟と申しまして、過去、未来、どの時間軸へも渡ることができるという、唯一無二の品なのです」
「へえ・・・・・・」
興味を示したようなリイラの相槌に、店主はぐっと身を乗り出す。室内が薄暗いので気がつかなかったが、近づいたことで店主が思ったよりも若い男だとわかる。
だがリイラよりは年上だろう。コウと同い年くらいかもしれない。
店主が口上を続けるよりも先に、リイラは鏡を指差すと質問した。
「これ、どこから出土したんですか?」
「は?」
店主の目が丸くなる。
「まど・・・・・・いえ、呪具なら遺跡からの発掘品ですよね? どこの遺跡のものなんですか? ・・・・・・え、ご存じない? となるとこれは、どなたかから譲られたものということでしょうか? それでも出土場所は伝えられるはずですけど・・・・・・。それがない、となると――」
言葉を切り、リイラは考え込む。
この店主の言う〝呪具〟というものはリイラから見れば〝魔道具〟のことだ。魔道具には幼いころから興味があったリイラは、他の物よりは魔道具に関する知識があり見る目もあった。そんな彼女から見て、出土した遺跡が解らない品、というものは出土地が解らなくなるほど古いものか・・・・・・
「ニセモノ、か・・・・・・」
小さく口の中で呟く。
すると店主が肩を震わせた。それに気付いたリイラは、自身の失言に思い至る。考えていただけのつもりだったが、無意識に口に出てしまっていたらしい。
「あ、いやその、そうじゃないんです!」
「お客さん、うちの商品にケチをつけるつもりですか?」
「ち、違います。わたしが言いたかったのは、ケチとかじゃなく、ただ・・・・・・」
可能性の問題を、と口にしかけたが思い留まる。さらに怒らせてしまいそうだと思ったからだ。口を滑らせることは免れたが、とっさに差し障りのない別の言葉も出てこない。これでは文句を重ねたも同然だ。
「ただ、なんですか? 証拠もないのにそんなことを言われては、営業妨害とみなしますよ。どう責任をとるつもりです」
店内には、リイラと彼女に詰め寄る店主しかいない。リイラの呟きを耳にした者がいるとすれば、それは店主ただ一人だけだろう。それで営業妨害も何もない! と思ったのだが、それも胸の内に留める。おそらく店主にとっては疑われたこと自体が問題なのだろう。
「えっと、その・・・・・・」
視線を泳がせていると、ふと店主が笑みを漏らす。そして肩に手が置かれた。
「・・・・・・まあ、ね。わたしも困らせるつもりはないんです。ただ商品を侮辱されることは信用に関わりますのでね。確かにこの品は出土遺跡が不明です。けれど同時に仕入れたものには、きちんと証明がついていますよ。奥にございますので、ご覧にいれましょう」
肩の手が背に回り、奥へ促される。リイラは不快感を覚えた。
店主の手は汗をかいていて気持ちが悪いし、正直魔道具の審議にもさほどこだわりはない。この店には単に時間つぶしに入っただけなのだから。
「あの、私、いいです、別に・・・・・・」
「まあまあ、そう言わず」
リイラは、自分が商品にケチをつけたことをねちねちと皮肉られるのだと思った。怪しげな笑みを浮かべて、店主はリイラの背を押す。わずかに抵抗をすると店主は顔をしかめたが、ふいに身体を硬直させ、目を見開いた。
「う、あ・・・・・・」
「え?」
店主の変化に、リイラは彼の視線の先を追う。するとそこには、なるほど彼を怖気づかせるだろう存在があった。
「シュウ・・・・・・」
いつの間に店に入ったのか、傍らに来ていた灰色の狼は、頭をほんの少し低くして上目遣いに店主を見ている。その、見つめられている対象である店主は、肩を震わせて完全に腰が引けていた。
「あの・・・・・・?」
「あ、いえいえいえいえ! な、何でもありませんよ。いえいえ、呪具にお詳しい方にご来店いただけて、ついはしゃいでしまいましたっ。ところで私は少々用ができましたので、奥に下がらせていただきますね。どうぞ、ごゆっくりご覧になっていってくださいね・・・・・・ッ」
「は、はあ・・・・・・」
リイラの答えを聞いたのかいないのか、店主はそそくさと奥へと入っていく。
ぽつりと残されたリイラは、何となくシュウを見下ろした。
シュウは首をかしげてリイラを見上げている。黒い瞳が丸く愛らしいな、と思った。
「行こっか」
うん、と肯定するかのように、シュウはリイラとともに店を出た。
「あの人犬が苦手だったのかな。シュウは狼だけど、犬がだめなら狼はもっとだめそうだもんね」
店からリイラ達が宿泊する宿へ向かう道の途中には、大きな橋がある。町を貫くように川が流れており、その上に架かる橋だ。
リイラは宿に向かう道すがら、その橋にさしかかる。石畳の道から石造りの橋を渡ってゆく。
辺りには同じく家路についているのか、買い物にでも行くのか、のんびりと歩く人々の姿があった。誰も狼を連れた女性に驚く様子はない。
「あ・・・・・・」
ふいにリイラは立ち止まる。橋の真ん中あたりで足を止めたため少し前を歩いていたシュウが、声に応えるように振り返った。
「夕日、きれい・・・・・・」
橋からは沈みゆく夕日がよく見えている。水面に光る夕日は川を赤く染め、まるで太陽が溶けだしてしまったかのようだった。欄干によりかかり、しばしリイラはうっとりと夕日に見とれる。
傍らにシュウが近づいてきた。リイラに付き合うのか同じ方向に顔を向けると、すとんとその場に腰を下ろす。尾はたたまれるように身体の脇に寄せられている。
リイラは、夕日と紅く染まる川を眺めながら小さくため息をついた。
「空も川も紅くなってる。砂漠の夕暮れってこんな感じなのかな。それとももっと違う感じなのかしら」
呟くとリイラはシュウを見下ろし小さく笑う。
「昔、砂漠に住んでたことがあったみたいなんだけど、全然覚えてないのよね。一度は見に行ってみたいなーって思ってるんだ。昔いたところにさ。・・・・・・もう、争いも終わってるだろうしね」
シュウはもちろん何も言わない。ただじっとリイラを見上げ、話に耳を傾けているように見えた。その姿の愛らしさに、再び笑みを浮かべると、リイラは川へと視線を戻す。
争いが終わっていたとして、リイラの一家が住んでいたあの砂漠の町にはもう二度と戻れない。それはわかってる。
あの地へ赴くこと自体は不可能ではない。大人になった今のリイラならば、場所を割り出すこと自体は難しくなく、同行者であるコウとセンを説得することもできるだろう。
作品名:センチュリア ~閑話~ 作家名:わさび