センチュリア ~閑話~
「リイラ。こっちへきなさい」
娘の無言の訴えを受け、部屋の奥に座っていた父が、リイラを招く。リイラはおとなしく姉から離れると、小走りに父の前へ行きちょこんと腰かけた。
「お前はあの時のことを覚えていたのか?」
問われると小さく首をかしげる。
父は厳格と言うか嘘やあいまいなことを嫌う性格で「解らないならはっきりとそう言え」と怒られたことがある。なのでリイラは想像ではなく自分の記憶だ、と確信できることのみを口に出した。
「砂漠の中の町にいて、同じような仕事をしてる人たちと一緒に住んでたことは覚えて、ます。でも、夜の光のことは、夢だったのかも。鎧の人は、確かに見ましたけど」
「・・・・・・そうか」
父は末娘の言い分を否定も肯定もせず、しばし顎に手を当て思案しているようだった。
リイラの背後では兄姉や母らが心配そうに二人を見ていたが、それはリイラには見えていない。ただ父を見上げ次の言葉を待っていた。
「・・・・・・まあ、いずれは知らなければならぬことだからな。いい機会か。リイラ」
「はい」
「お前の覚えている砂漠の町には、もう戻らん。戻れんのだ」
「どうしてですか?」
「もはや存在しないからだ」
きょとんと目を瞬いて、リイラは父を見上げる。黒々とした目と髪はリイラとは似ても似つかないものの、大きな瞳や通った鼻筋などに、二人の血縁が垣間見える。
父はその瞳のように暗く沈んだ、しかしはっきりとした声音で言う。
「今、あの場所には我らが住みつく前の先住の民が暮らしているだろう。今後、今の〝我が一族〟が住みつくことがあるかもしれぬが、そこに我ら一家はいない」
言ってくるり、と父は一家を見回す。ちらりと振り返ったリイラの目には沈痛な表情でうつむく母の姿のみが映った。
「ところでリイラ。お前は我が一族が何を扱って商売をしているか、知っているか?」
「え?」
背後に向けていた意識を慌ててきちんと父に戻す。礼儀にもうるさい性分なのだ。
「えっと・・・・・・古い箱とか、装飾品とか、置きものとか、後は本・・・・・・? 文字の書かれた板や石板もあったし・・・・・・あ、骨董品って言うんですよね、古いものをまとめて」
「ふむ。当たらずとも遠からず、だな。見るだけは見ていたようだ」
穏やかな父の反応にリイラはほっと息をつく。扱う品はよく目にしているし、出来る限りの手伝いはしているが、いまだに商売そのものについては詳しくない。試験をうけているような気分でかしこまっていた。
「だが――昔は違っていた。我らはここに来る前は〝魔道具〟を扱っていたのだよ」
「〝魔道具〟?」
「ああ。古代人が使っていた、今は失われてしまった力を有する道具のことだ。人種や地域によって呼び方が違う。〝魔道具〟というのは我らのように金銭で品物をやり取りするものたちが主に使う呼び名だ」
「へえ・・・・・・でなくて、はい」
「我ら一族はかつてより、それら〝魔道具〟を探し出し、売ることで身を立てていた。一族内で役割を分担し、我が家には『見つけたものを売る』という役割があった。それ以外の家族はそもそもの品を探す役、手に入れる際に危険がある場合それを退ける役、品の価値を見極める役、手入れや加工をする役、などさまざまな役があった。どの家族も役割に特化していたため、自分の関わらない役割のことに関しては素人同然だ。それゆえ一族は結束し、仕事をこなしていた・・・・・・」
父は天井あたりへと目を向ける。そこに何かがあるわけではないことを、リイラは知っていた。けれど何となく目で追ってしまう。
「自分の携わること以外はよく知らぬとはいえ、近くに暮していれば交流はある。詳しくはなくとも他の家族の仕事を見聞きすることも。・・・・・・渡された品をただ売るだけの我らだったが、あるとき偶然、魔道具を自らの手で見つける機会に恵まれた。それが『時の鏡』我が家の家宝だった」
「家宝・・・・・・だった?」
首をかしげて問いかけの視線を向けたリイラに、父は頷きを返す。
「今はもう存在しない。わが一家があの砂漠の町から逃げるために、使ってしまったのだよ」
リイラは瞬く。
「逃げる・・・・・・って、逃げたんですか私たちは? どうして」
「町が、襲われたのだ」
父の言葉にリイラは息を飲む。母譲りの青い目を大きく見開く娘に、父は淡々と続けた。
「お前の言っていた鎧の人、とはおそらく兵のことだろう。彼らが我が一族を襲い、あの町は滅ぼされた。わが一家は『時の鏡』を使い過去へと逃げることで助かったのだ」
「過去へと、逃げる・・・・・・? どういう、ことなんでしょうか?」
「『時の鏡』の力だ。『時の鏡』は時間を操ることのできる魔道具だった。使い方が悪かったのか、もともと一度きりしか使えぬものだったのか、我らが使ったとたん壊れてしまったのだがな」
「え!」
先ほどとは別の驚きにリイラは目を瞬く。思わず窺うように辺りを見回すと、目が合った兄嫁が、沈痛な表情で頷きを返してくる。どうやら本当のことらしい。
「魔道具によりどうにか命は助かったが、もはや我らはこれまで通りの商いをすることは適わなくなった。何もかもを一から始め、今こうしてどうにか生き抜いている、といったところだ」
「・・・・・・ち、ちょっと待ってください! 色々、信じがたいこともありますが、いえ、父さまたちを疑っているわけではないんですが・・・・・・ただ、その、魔道具というものは、本当に、そんな力が・・・・・・」
「ある、としか言いようがない。でなければ私たちが今ここにいられるはずがないからな」
真剣だった父の表情が、ここで一瞬ふと和らいだ。
「・・・・・・とはいえ、ここへ来た当時お前はまだ三つだったな。理解ができないのも無理はない」
「・・・・・・」
「だが、我らは知っている。かつての生活も、今の生活もな。こればかりはどれほど言を重ねたところで、証明は難しい。信じてもらうしかない」
リイラは再びそっと辺りを見回した。家族のみんながリイラを見つめている。その誰もが憐れみの目を向けているように思えて、幼い胸はきゅうと痛んだ。
みんなが知っていることをリイラだけが知らない。それはまるで一人だけ仲間外れにされたようで、悲しい気持ちがこみ上げてくる。
小さくとも、家族なのに。
口をへの字に曲げ、リイラは必死で涙をこらえた。けれどすぐにこらえ切れなくなり、青い瞳から雫がこぼれおちる。
それに気付いた母親が慌てて近づくと、なだめるようにリイラの肩を抱きしめた。
「よしよしごめんよ、黙っていて。でも、これからはもう大丈夫だからね。危ないことはもう起こらない。私たち家族は、ずっと一緒だから」
暖かい手が背中を撫でてくる。母の言葉は嬉しかったが、その内容はリイラの気持ちからずれていた。ありがたさと理解されないむなしさに、リイラはしばらく泣き続けていたのだった。
作品名:センチュリア ~閑話~ 作家名:わさび