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センチュリア ~閑話~

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 リイラは目の前を過ぎていく人に目を奪われていた。彼らは誰もが固い鎧を身にまとい、泰然と立ち働いている。これまでの人生では見たことのない光景に、幼い目は大きく見開かれていた。
 リイラは今年三歳になる。ようやくまともに単語が話せるようになったが、まだまだ会話を成立させるには覚束ない。自分の言いたいことだけを言いたいときに口に出す程度だ。
 そんな少女は今、ぽかんと口を開けて鎧の人々を凝視している。相手の方はそんな低い位置からの視線を気に止める様子もなく、黙々と作業を進めていた。
 リイラは知る由もないことだが、その中にはシュウとカルーナも混ざっている。彼らがこれから、この砂の多い土地で行うことを思えば、あえてリイラを無視していたのかもしれない。
 太陽が西の空に沈んでいっている。鎧の男たちの姿も、一人、また一人と減っていった。あっけにとられて彼らを見ていたリイラも、そこまで来てようやく我に返る。立ちっぱなしの足は疲れ、お腹も空いてきていた。砂を巻き上げる風は日中の熱を失って、肌を冷やしていった。
 ご飯を食べ損ねてしまう。
 気付いたリイラは慌てて踵を返すと、家族の待つ家へと駆けていく。
 リイラの家は彼らの持ち物ではない。
 行商をしている彼女の一族は特定の家を持たないのだ。一家ごとに空き家を借り上げたり、野外に大きなテントを張ってそこで生活したりとしていた。
 今回は空き家を借りることができたため、その家で過ごしている。三歳のリイラにしてみれば、生家のようなものだった。ここに来る前のことなど知らないし、他の場所に住むことなど考えたこともない。
 駆け足で家に帰ったリイラは、どうにか夕食には間に合った。「遅かったじゃない、なにしてたの」という言葉に「ごめんなさい」と答えつつ、いつものように食事をし、いつものように家族と過ごし、いつものように真っ先に眠った。
 彼女は一家の中で一番幼い。なので寝入るのは毎日一番早いのだ。
 いつも通りに終わった平穏な一日は、しかし予想もしない方法で破られる。
 がくがくと何度も肩を揺すぶられる感触で、リイラの意識は浮上した。しかし一度寝入った身体はそう簡単には目覚めず、幼いうめき声をもらしながら拒絶するように、肩にかかっていた手を払いのける。再び眠りに落ちようとし――
「だめっ。だめよ、リイラ、起きて! 起きなさい!」
「んー、あー・・・・・・うー・・・・・・」
 呼びかけられ、頬まではたかれ、ようやく青い目が開く。そして、驚いたように瞬いた。
「お、かあさん・・・・・・。なに・・・・・・?」
「すぐに起きて、これを着なさい。逃げるのよ!」
「・・・・・・え?」
 訳が分からない。
 けれども母の雰囲気が、常になく鬼気迫るものだということには気がついた。リイラはおとなしく寝床を出ると、服を着替える。寝ぼけた幼い頭には、事情の説明よりも、母の怖い顔の方が大事だったのだ。
 着替えたリイラは母に手を引かれ部屋を出る。一家で食事をする大広間に向かうと、そこには家族が全員そろっていた。彼らはリイラの姿を見つけると、一様にほっとしたような表情を見せる。
 しかし当のリイラはほっとするどころではない。広間に入った途端に大きく目を見開き、立ち止まっている。
「とおさま・・・・・・あにうえたち・・・・・・どう、したの?」
 父親と二人の兄はそれぞれ体のそこここに傷を負っていた。姉や兄嫁らがそれを治療したり、入り口に張り付いて外の様子を窺ったりしている。
 さすがに眠気は覚め、異様な雰囲気を理解する。ぽかんと口を開け、無意識に傍らの母の服をつかんだ。
「全員揃ったな。・・・・・・アミラ、どうだ?」
 上腕に白い布を巻いた父が、入り口にいる姉に言う。リイラのすぐ上の姉であるアミラは、リイラより十年上で今年十四になる。いつもきれいな歌を唄ってくれるこの姉が大好きだったが、今の姉の顔にいつもの柔らかな笑顔はない。きっ、と口を引き結んだまま、素早く頷いた。
「よし、ならば行くぞ。・・・・・・皆、覚悟はいいな?」
 部屋は夜の闇に沈んでいる。灯りはどこにもないのに、なぜか家族の顔は判別できる。はっきりとではないが、見ることができているのだ。
 それは扉や窓の隙間から、光が入り込んできているためだ。夜であるので、それらは自然の光ではありえない。時折、人の足音や怒声も聞こえてくる。
 この部屋にいるもので、外の様子を知らないのはリイラだけだった。外に出るなり窓からのぞくなりすることで、誰もが外での戦いの様子を目にしている。
 けれど誰一人としてこの事態の詳細を知るものはいなかった。わかっていることは、彼らの仕事仲間が次々に殺されている、ということだけだった。
 父はまず自身の父母を、ついで年の順に子供たちを、最後に妻を見た。リイラの手を引いた妻が頷くのを確認し、彼も頷きを返す。父の言葉に異議を申し立てる者はいなかった。
「では、行くぞ。今から逃亡生活の始まりだ」
「とーぼー?」
 リイラは呟く。
 その声が聞こえなかったわけではないのだろうが、反応を返す者は誰もいなかった。皆、父の取り出した手鏡に注目している。衆目の中、その手鏡を掲げるように持つと、何やら聞き慣れない言葉をささやいた。
「え?」
 あ、と思った瞬間、リイラは光に包まれる。咄嗟に感じた恐怖から、母の胸にしがみついた。






 そして、リイラの一家は戦場と化した砂漠の町から姿を消したのである。
 リイラは当時、なにが起こっていたのか、自分たちが何をしたのか、まるでわかってはいなかった。幼かったためということもあったが、切羽詰まっていた大人たちが、逃亡の前後に何の説明もしなかったせいもある。
 逃げた先でも、リイラの身近なことは何ら変わることはなかった。別の家に住んでいる、ということはわかったがその程度だ。
 しかし六歳になったある日ふと、三歳の夜の記憶が甦り、それを家族の前で口に出したことから、当時のことは明らかになった。
 それは静かな夜。家族が居間で思い思いの時を過ごしている時のことだった。
「ねえ、もうあの砂漠には戻らないの?」
 瞬間、家族の中の空気がぴんと張り詰める。
 新しく住むようになった家には大きな部屋が一つあるのみで、一家はそこを共有しながら暮らしていた。かつてのように旅をしながらの商いはやめている。一族という大きな基盤を失った一家は、以前と同じやり方での商売は、出来なくなったのだ。
 リイラの声は、家にいた家族の全員の耳に届いていた。すぐ上の兄夫婦が家を出、一番上の姉が嫁いだため、数を減らした家族はそれぞれが困ったように顔を見合わせている。
 その様子を何の気なしに眺めていたリイラだったが、ややあって二番目の姉が近づいてきたので、そちらに顔を向けた。
「リイラ。砂漠ってどこのことかな?」
「私たちが前に住んでたとこー。鎧の人たちが来て、夜に光がパーッとなった後に引っ越したんだよね。たまにきれいな石とか箱とかを持って穴から出てくる人たちもいたよね。あの人たち今どうしてるのかな?」
「リイラ・・・・・・」
 姉は泣き出しそうな声で呟いたのち、困ったように両親を見た。
作品名:センチュリア ~閑話~ 作家名:わさび