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センチュリア ~閑話~

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 風が砂を巻き上げている。辺りは砂によって汚れた建物や放り出された荷箱、武具と――死体が転がっていた。
 風の中、その光景を見ながら一人立ちすくむ赤毛の男がいた。まだ年若く青年と少年の中間くらいの年頃に見える。大きな身体に金属の鎧(ただし砂漠でも活動できるよう改良された、胴部分のみを守るもの)を身につけ腰に大振りの剣を佩いている。身体に見合った筋肉質の腕から、彼がそれらを扱い慣れていることが窺える。おそらく冒険か傭兵を生業としているのだろう。
 彼の周辺にも瓦解した建物や壊れた生活用品などが転がっている。どれもこれも、そのままで使われることはもうないだろうと思われた。
 目の前では死体となった者たちが、生者によって運ばれて行く。中にはまだ息があるのか、うめき声をあげる者もいたが、彼らが助かる見込みは薄そうだった。
「シュウ――」
 男の後方から同年代ほどの男が現れ、声をかけてくる。赤い髪を揺らしながら振り返る男――シュウは、そこに自身の相棒の姿を見つけた。
「カルーナ、か」
「うん。・・・・・・大丈夫?」
「・・・・・・お前、人の心配してる場合かよ。真っ青だぞ」
 カルーナと呼ばれた男は、衝撃を受けたかのように軽く目を見開くと、すぐに俯く。
「そう、だろうな、とは思ってたけど・・・・・・」
 長い髪と同じく長く裾を引く上着が、彼の性別をあいまいにしていた。この砂嵐舞う風の中では、視界がぼやけやすいのでなおさらだ。
 シュウはこの地に来てすぐに、その恰好をどうにかしろ、と相棒に忠告していた。けれど、今に至るまでその訴えは受け入れられていない。
 いつもならばこれまでに何度もそうしていたように、ここで文句の一つも出るところなのだが、今はどちらからも軽口は出てこなかった。
「ねえ、シュウ・・・・・・。ひょっとして知ってたの? こうなることを・・・・・・」
 カルーナが、鎧の背に問いかけてくる。その声はためらいを含んでいて、シュウを気遣うようでも、恐れるようでもあった。
 シュウは何も答えない。ただ風に吹かれるがまま、目の前の光景を見ているだけだった。
 声をかけたカルーナの方が、居心地悪そうに身じろいでる。しばし言葉を探すように腕をさまよわせたのち、思い切ったように口を開く。
「ごめ・・・・・・」
「俺は知らなかった――いや、知ろうともしなかった。知っていたなら、こんなことにはならなかったかな?」
「・・・・・・わからない」
 小さく息を飲んだのち、カルーナは力なく首を振った。シュウの背からわずかに目をそらし、そこに広がる砂漠と廃墟を見つめる。
「この仕事、私たちが受けたにしろやめたにしろ、襲撃は行われただろうね。この辺りの遺跡は一部の実力者が押さえてるから、ここで生きていこうとするのなら、いつかは――」
「勢力争いは避けられねえ、か・・・・・・」
 カルーナはただ頷き返す。
 シュウからは見えないだろうが、彼がそれを気にする様子はない。ただ自らが滅ぼした集落のなれの果てを、相棒と分かち合うかのように静かに見つめているだけだった。






 シュウとカルーナが訪れたこの町は砂漠の不毛の町で、遺跡探索を収入源としているような場所だった。
 彼らは二人で各地を転々とし、遺跡を探索したり旅人を護衛したりする、いわゆる「冒険者」稼業についている。定住地を持たない彼らは、土地とのしがらみもないことから、それらに関わる後ろ暗い依頼を受けることもあった。
 裏取引の護衛、人妻との逢瀬の手引き、お忍びの手助けなど、犯罪すれすれのものから本人以外は誰も困らないことまで様々な依頼があったが、シュウたちはそのどれをもそつなくこなしてきた。深く関わらない、という姿勢を貫くことによって。
 今回、傭兵として雇われた時も、これまでの方針から背景にあるだろうものを深く探ろうとはしなかった。そしてそれは「自らを守る」という点においては、有効だった。
 しかしすべてが終わった今、シュウも相棒であるカルーナも、いつものような一仕事終えた後の安堵の表情は、浮かべていない。命をもかける仕事ゆえ、人を殺めたことはこれまでもあったが、当時と今とでは、状況が多少異なっている。
 二人がこの砂漠の町に立ち寄ったのは偶然であり、長居するつもりもなかった。実入りよく危険も(当人たちにとっては)少ない遺跡探索は、地元の地主たちによって統率されており、よそ者の入る余地はない。
 特に金に困っているわけではなかったので、なにもせずにそのまま去ってもよかったのだが、シュウが
「しばらく戦わないと、腕がなまる」
 と引き受けたのが今回の仕事だった。僧であるカルーナは、それに賛意こそ示さなかったが、いつものことだとばかりに、シュウを止めることはなかった。
 互いに、この仕事が周辺部族を巻き込んだ大掛かりな争いになるなどとは、思いもしなかったのである。
「今回は、私も情報収集を怠った。・・・・・・腑抜けてたな」
 ちらり、とシュウが振り返る。苦しげにうつむくカルーナを、しばらく何か言いたげに眺めた。けれど、その口が開かれることはなく、再び視線は廃墟に戻る。
 昨日までは人が生活していた場所に、今動く者はいない。彼らの行った「仕事」により、ここに住んでいた人々は、ほとんどがその生涯を終えたのだ。これまでの生活も、笑い声も、すべて過去のものとなっている。
「いつも、こんなんだったっけかな」
 シュウの呟きに、カルーナは言葉を返さない。ただゆっくりと足を進め、相棒の傍らに並んだ。
「私も、同じことを思ってるよ」
 二人の間を赤い砂を含んだ風が通り過ぎる。二つの影はじっと、墓碑のようにその場にたたずみ続けた。






作品名:センチュリア ~閑話~ 作家名:わさび