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朔の海に散るは生也

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 二人は蒼白になった。今近辺を航行中の味方の船などない。商船であれば灯りを落としてこちらに近づいてくるわけもない。
「司令に伝達! 船籍不明の船団あり……! 数は……、いや待て、伏せろ!  撃ってきた!」
 轟音と衝撃に私は船室で飛び起きた。激しい横揺れと続けざまに響く爆音。船内を非常を知らせる警鐘が鳴り響き、窓を覗けば闇の中にいくつもの水柱が上がる。
「敵襲! 総員戦闘配備! 急げ!」
 砲撃の衝撃で壁に叩きつけられながら扉の外に出れば、当直以外の船員が狭い通路を入り乱れ、身支度もろくにできていない士官が髪を振り乱して罵声のような指示を飛ばしていた。
 杞憂などではなかった。帝国は怖気付いてなどいなかった。虎視眈々と機会を狙っていたにちがいない。おそらく、今回の偵察任務も全て把握済みだったのだろう。その上で、一番乗組員が油断したタイミングを見計らってやってきたのだ。
「大尉!」
 急いで艦橋に上がろうとした時、甲板から逆に降りてくる兵に声をかけられた。肩に担いだ士官の額と足には、血に染まった布切れが巻きつけられていた。
 私は一瞬その布からはみ出た見慣れた金色の髪の、見事な体躯の青年に、言葉を失いかけた。
「ミュー、ゼル少尉……」
「ぁ……、その声は、サクヤ大尉、ですか? すみません。ドジを、踏んでしまいました……」
 ぐったりと肩に担がれた姿に一瞬、まさかという可能性が脳裏によぎったが、弱々しくも意識はあるらしい声に、私は安堵した。
「私を庇って少尉が……」
 彼を担いだ兵が悔やむように歯を食いしばる。船体を掠めた最初の砲撃によって飛んだ破片が、兵を庇った彼を直撃したという。それでも、その程度の怪我で済んだのならば彼はきっと運がいい。
「ともかく、無事でよかった。手当てをよろしくお願いします。私は艦橋に向かいますので」
「大尉!」
 しかし、兵に彼を預けて背を向けたところで、彼に声をかけられた。
「ご無事で。帰ったら約束、忘れないでください」
 改まって敬礼をしてみせつつも、さっきのことを思い出させる彼の笑顔に、なごまされてこちらも相好を崩しながらの敬礼となった。
「わかっていますよ。船は必ず無事帰してみせます。あなたはともかく傷の手当てを」
 ともかく自分は艦橋へ急がなければいけない。医務室に向かうため甲板を降りていく彼らと別れて、逆に砲撃の繰り返される中を艦橋目指して駆け上がる。しかし司令塔から見た艦隊の随所では、すでに混乱が広がっていた。
 周りの味方艦は次々と砲撃を浴びて大破、撃沈していた。こちらも応戦を始めてはいるが、すでに戦力に差が開き、まともに応戦できているかも怪しい。
「司令、北方哨戒中の別艦隊がこちらに救援に向かっているとのことです!」
「んなもん、何時間も待ってられるか! とにかく応戦しろ! 死にたくなかったら一隻でも南の船沈めて来い!」
 司令官の檄が飛ぶ艦橋に足を踏み入れ、更に混迷の深さを知る。通信士が味方に蒼白になりながら救援を求め、操舵手は飛んでくる砲撃をかわそうと舵を操る。どの顔も、既に絶望を覚悟していた。
「サクヤ! ぼうっと突っ立ってる暇があったらさっさと自分の仕事をしろ!」
 叱責に身が竦んだ。
「申し訳ありません。司令」
 急いで海図を卓に広げながら、状況を把握する。報告はどれも芳しくないものばかりだ。
 それでも、まだ起死回生の余地はあると信じたい。そう願って海図を睨む。
「ミューゼルが負傷したそうだな」
 そのとき不意に司令に問いかけられ、一瞬動きが止まった。
「その、ようです。けれど致命傷ではなさそうでした」
「そうか。なら、奴も連れ帰ってやれ」
 ほっと安堵するような司令の顔に、その時私は、なぜか自分が申し訳なくなっていた。
「昨日あの野郎、退役を相談しにきやがったぞ。お前を連れて行きたいって言われたこっちの身にもなれ」
「申し訳ありません、司令」
 こんな時に、いや、こんな時だからこそ冗談めかした司令の言葉がありがたかった。考えをまとめようにもまとまらなかった頭が冴えて行く。
「司令、この状況の打開案なのですが」
「おう、何か浮かんだか」
「今回の演習で、帝国が挑発に乗ってきた場合の作戦を、今この場で実行に移すべきかと」
 見上げた司令の目がすっと細く鋭くなる。
「今更、間に合うと?」
「間に合うことを祈るしかありません。けれど何もせずここで死を待つよりは賢明だと、私は考えます」
 自分の中で、それ以上の最善の策は浮かばない。ほとんど賭だと言っていい。
 目の前で司令が深く息をついた。
「その策を実行するには、航行不能に陥っている味方を切り捨てて行かなければならん。出来るなら、その策は取りたくない」
 普段まともにかぶろうともしない軍帽を目深に被り、目線を伏せる司令の言葉に、ぎりりと歯噛みする。確かに、自分が提案した案では航行能力が低下した艦がいるだけで成功率は段違いに下がる。だが実行しなければ、全員ここで朽ち果てるしかない。生き残れるとしてもごく僅かだろう。
 脳裏に遥か昔の記憶が蘇る。故郷で迎えた初めての戦だった。負けは色濃く、しかし矜恃に縛られ、誰も逃げることを認めず、死ぬことを拒まなかった。結果取り残され、生き延びてしまったのが女だという理由だけで生かされた、自分一人。私の一族は全て、その戦で死に絶えた。
「だが、ここで何をしようと全滅の結果しか見えん。俺もお前と同じ考えだ。その作戦、決行するぞ」
 不意に肩を叩かれた。一瞬何を言われたのかわからず戸惑うほどだった。
 司令が声を張り上げる。航行不能艦船の乗組員を回収後、敵進行方向とは逆に南西方向へ全速前進。敵を回避する行動を見せながら、西方諸島に敷設した機雷原に誘いこむ。
「どうした? さっさと命令を伝えんか」
 私はきっとその時、年甲斐もなく高揚していたのだろうと思う。
 伝令と叫ぶ声が震えた。艦上に司令の命令を伝える旗が翻る。全艦全速で逃げ出す私たちを、帝国の艦隊は勢いづいて猛追してきた。
 だが、それを見越して今回の艦は足の速い船で揃えてある。この辺りの地理や海流も、何年にも渡って徹底的に調べつくしてきた。
「遅れは取ったが、ここで全滅するような俺たちじゃぁねぇさ」
 この時ほど司令の姿を頼もしく思ったことはなかっただろう。
 島の珊瑚礁群の周辺に機雷原がある。周辺への突入には慎重にルートを選ばなければいけない。敵が浅瀬に座礁する可能性を嫌って島を迂回するルートを選べば、機雷原に突入する。そうなれば此方の思うつぼ。だがこちらも誘い込むために危険な水路を選ばざるをえず、座礁すれば今度こそ一貫の終わりとなる。当然慎重な操船技術が求められる。
 敵艦隊が追いついてくる。追撃の砲が、すぐ近くの海面上に着弾する。珊瑚礁群も目の前に迫る。皆が息を呑んだ。
「水路に入る直前で水雷をばら撒け」
 司令が指揮を執る。追撃の足を鈍らせるため、船尾からありったけの魚雷と機雷が発射され、投げ落とされた。直進してきた艦船のいくつかにそれが運よく直撃し、沈没は免れたものの爆発の衝撃でよろめいて戦線を離脱していく。
作品名:朔の海に散るは生也 作家名:日々夜