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奴隷

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さらに女の顔に突き刺すほどに、強く鞭の柄を顎に押しつける。しかし女は引き下がるどころかなお、ヴァシルをにらみつける。
「女ではない。私の名はエスティレードだ」
あくまで強気を崩さない女に、ヴァシルは目を細めた。
女は薄汚れ、日に焼けてはいたが、豊かな赤髪の、整った容貌の持ち主だった。こんな風に荒れすさんだところで薄汚い格好をさせているより、美しく着飾らせて寝台にでもくくりつけてしまった方が、よほど似合っていたことだろう。
しかし、その女が吐く言葉は、ただ着飾らせておいておくのは、とうてい無理としか言えない口汚い言葉ばかり。
「与えられた人形を、弄んで壊してたあげく、何故壊れたのだと八つ当たりするような人間が、子供でなくてなんだと言う」
その瞬間、女の胸に鋭く空を裂いて鞭が飛んだ。胸元を辛うじて覆っていた薄布が無惨に引き裂かれ、露わになった豊満な胸に、みみずばれの傷が走り、うっすらと血がにじむ。
「面白いじゃありませんか」
胸元に走った傷に爪を立てて抉りこむ。傷が破れて、一筋、赤い血が胸元を流れ落ちた。
「……っ」
「よくも私にそんな口がきけたものです。貴方は、立場と言うものをわかっていない」
再度振り上げた鞭が女の胸を打った。十字に入った傷に、軽く舌舐めずりを見せながら、ヴァシルは笑う。
「思い知らせてあげますよ。私を怒らせることがどういうことなのか」
残虐な焔の灯った赤い目が、女を見下した。


ヴァシルはその後、女奴隷に何度となく鞭を振るった。さらにそれだけでは飽き足らず、館の男奴隷を総動員して犯しつくした。他の奴隷であれば、最初は威勢のいい言葉を吐いていても、ヴァシルの容赦ない暴力と暴行にそのうち息を細くし、許しを乞うようになる。
女も戦闘奴隷ではあったが、線は細く、男奴隷などよりは持たないだろうと思われた。
しかし、女はどれほど打ち据えられようとも、犯しつくされようとも、女の目はかわらなかった。そしてあらゆる手を尽くして、身体中傷だらけになり、熱を発するまでになって、これ以上は流石に死ぬだろうというほどになって、一言、こう言った。
「子供じみた……、暴力を、ふるって、……気は、晴れたか?」
何度も苦痛にさいなまれた女とは思えないほど、それは強い意思を持った言葉だった。
最初はいつこの女が泣き叫んで許しを乞い始めるかと思っていたヴァシルも、流石にこれには言葉を失う。面白いなどと言えるような状態ではなくなっていた。
半ば恐れのようなものが、ヴァシルに生まれていたのかもしれない。
「興ざめです。今日は終いにします。その女は……、元に戻しておきなさい」
始末しろ、とは言えなかった。壊れて使いものになったわけでもないものを始末するのは、ヴァシルのプライドが許さなかった。しかし、これ以上関わるのは、精神が拒絶した。
踵を返しつつ、しかしそれでもなお背中に向けられる視線を感じ、鳥肌が立つ。あんな女を相手にするのは初めての事だった。
しかし滅多に戻らない屋敷に久しぶりに戻り、落ち着こうと思っても落ち付くことができない。目を閉じても、あの女の強い眼差しがヴァシルを射抜き、言葉がヴァシルの耳に繰り返し押し寄せる。
あの目が、何かに似ているのだと思った。
つい最近見たような気がした。だが、その時のヴァシルには一体何に似ているのか、思い出すことができなかった。
その日、ヴァシルは初めて、長く、眠れない夜を体験した。


.....
翌日、ヴァシルは関わりたくはないと思いながら、再び例の女の下へ足を向けていた。
なぜ子供じみているというのか、なぜ、エスティレードはそれほどまでに強い意思を持っていられるというのか。それが、ヴァシルの気にかかって仕方がなかった。
果たして、エスティレードと名乗った女は、昨日の傷による痛みと熱に浮かされながらも、しかしはっきりとヴァシルを見据え、そして嘲るように笑って見せた。
「なんだ。寂しくなって、会いに来たのか?」
からかうような口調に、かっと血が上る。しかし、鞭を振り上げることはしなかった。その日、ヴァシルはいつも持ち歩いていた鞭を、持ってはいなかった。
それに、女は意識だけははっきりしているものの、目に見えて衰弱していた。これでさらなる苦痛を与えれば、流石に死ぬのではないかと思えるほど。 それは、ヴァシルの望みではなかった。
「口を慎みなさい。貴方の生死は私の手の中なのですよ」
脅すような言葉だけで戒めようとした。しかし女は、そんなものでは捕らわれることなど良しとするはずもなかった。
「ならば、今すぐ殺せばいい。できるものならな」
ためらいもなく言い放つ言葉は、むしろヴァシルを脅しつける。迷いもなく、ヴァシルの目を見据える。
「死ぬことが望みなら、いくらでも、叶えて差し上げますよ」
「そうか。では今すぐ、叶えるとしよう」
言うが早いか、女はどこにそんな力が残っていたのかと思えるほどの勢いでヴァシルに飛びかかった。そして手足につながれた鎖でもって、ヴァシルの首を締め上げた。
「なに……!」
女が何もできないだろうと踏んで、護衛の奴隷を下がらせていたのが徒となった。
首に巻き付いた鎖がヴァシルの喉を締め上げ、酸欠によって顔が鬱血していく。
「どうした? 護衛は呼ばないのか? 一言命令すれば良かろう。私を殺せと」
牢の前で護衛の奴隷が、決して邪魔をするなと言う命令と、主の危機に逡巡する。
呼べば、しかし女は即刻殺されるだろう。それがなぜかヴァシルをためらわせた。
「呼ばないのか。やはりお前にはできないんだろう。寂しがり屋のガルグの主。また手に入れた玩具を壊すのが怖くでもなったか?」
女はヴァシルを放り出した。急に入り込んできた空気に、むせかえる。地面に這いつくばり、悶え転げるヴァシルの様に、女は高く笑って見せた。
「よくも、私に、こんなことを……!」
「怒るくらいなら、今すぐ殺させればいいだろう。違うか?」
女がヴァシルを見下す。どちらが主でどちらが奴隷だろうか。今この状況だけではまるで逆。
「お前は私を殺すことなどできないんだろう? なあ、寂しがり屋。自業自得で失った玩具の代わりがほしいんだろう? 愚かしい奴だ。自分で殺したも同然だというのに、八つ当たりするしかないとは、どこまで愚かなんだ?」
ぎり、と歯ぎしりをするも、何も、ヴァシルには言い返すことができなかった。眠れずにいた昨晩。脳裏に繰り返し現れたのは女の姿と、同時に死んだザフォルの最後の叫びだった。
なぜ、ザフォルはヴァシルにあれほどの憎しみを向けたのか。そんなにあの女を愛玩していたというのか。
女を殺したのは、ヴァシルである。ザフォルが死んだ理由が、あの女奴隷の死であるとするなら、それは確かに、ヴァシルがザフォルを殺したと言っていい。それは女の言う自業自得という言葉に当てはまる。
「自業自得だと、言うのですか」
「ああ、そうだ。誰も言ってはくれなかったのか? 哀れだな。お前の弟を殺したのはお前自身だよ、ヴァシル」
お前がザフォルを殺したのだと、エスティレードはヴァシルをなじった。やめろと言ってもやめないほどに執拗に。嘲るように。
「やめてほしければ、認めろよ。お前はただの、クソガキだ」
作品名:奴隷 作家名:日々夜