小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

奴隷

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

ヴァシルがソファに腰を下ろす前に、ザフォルは唐突に切り出してきた。相変わらず、ヴァシルの顔を見ようとはしないが、声はうなだれた姿とは違い、強い意思を伴っていた。
しかしそれは、ヴァシルにとって、多少いつもと違う、という程度にすぎなかった。
「あの奴隷のことですか? あなたに黙って事を進めたのは申し訳ないと思いましたが」
「どこにやった!」
今まで見たことのないようなザフォルの剣幕に、今度はヴァシルもさすがに驚きを隠せない。きつく、まるで戦闘奴隷にされる調教前の異国の戦士が睨みつけるような目つきに、ヴァシルは鳥肌が立つのを感じた。
だが、それでもそんなものにヴァシルは怖気づくような人間ではなかった。相手がただの奴隷であったなら喜んでいたぶっただろう。だが、目の前に居るのは奴隷ではなく、ザフォルだ。なぜだか、腹立たしさがこみ上げた。
「答える前に、一つ聞かせていただきたいのですが、貴方はあの家事奴隷にどういうつもりで、子など孕ませたのです。それも、貴方の種だと言うではありませんか」
「――は奴隷なんかじゃない。俺の妻だ」
ヴァシルはそのザフォルの言葉に、正気を疑わざるを得なかった。どこの世界に、奴隷の、それも家事奴隷を妻だと言い張る馬鹿な男がいると言うのだろう。それも、それがヴァシル自身の異母弟だという。
「なんていうことですか。貴方にあんな奴隷を与えた私が愚かでした。むしろ、貴方を私の手から放したこと自体が間違っていたんでしょうか」
「そんなことはどうでもいい! ――はどこだ」
それでもなお、ザフォルは剣幕を変えずにヴァシルに迫る。だが、ザフォルは知らないのだ。あの家事奴隷は、もう既にこの世にいないことを。
ヴァシルは腹立たしさと目の前の滑稽さを面白がる自分の入り混じった感情を、そのまま吐き出した。
「何がおかしい」
「そんなに見たいのなら、ご自分で探してくればいいでしょう! 貴方の探し物なら、まだ独房に"在る"でしょうから」
笑いながら言い放てば、それ以上ザフォルはヴァシルの言葉を待たず、身をひるがえす。ザフォルが部屋の中から消えてしまって、ヴァシルはためらうこともなく大声で笑った。愚かな弟には、もはや笑ってやるしかできなかった。
ヴァシルは、たっぷり時間をおいて、ザフォルの後を追った。ザフォルは果たして、独房で胸と腹を裂かれ、絶息した家事奴隷を腕に抱きながら、放心していた。
その姿を後ろから眺めながら、くつくつと、未だおさまらない笑いでヴァシルは喉を震わせる。
「早くに気づいて良かったではありませんか。今ならまだ十分取り返しは付くのです。貴方にはもっとふさわしい家柄の花嫁を用意して差し上げますよ。ザフォル。だから、そんな汚らわしいものは、早く捨てしまいなさい」
「っ貴様あああああああああ!!!」
絶叫が牢の鉄扉を揺るがした。ヴァシルに飛びかかろうとしたザフォルを、とっさに拷問奴隷と警護奴隷が抑え込む。屈強な男二人に抑え込まれれば、さしものザフォルも身動きはできない。一瞬その勢いに気押されかかったヴァシルも、拘束された相手にはそれ以上ひるむ必要もなかった。
歯をむき出し、食いしばり、地面に組み伏せられた弟を、ヴァシルは憐れみを込めて見下ろした。
「可哀想に。きっとあの女奴隷にたぶらかされたんですね。あんな欠陥品を貴方に押し付けてしまったのは私の過ちです。その分はきちんと、贖わせていただきますよ、ザフォル。大丈夫。貴方は私の可愛い弟なんですから」
弟の、自分とは違う銀の髪を撫でやり、ヴァシルは笑う。その笑みは、まるで愉しみに期待を膨らませる子供のようでもあった。
だが、その夜ヴァシルは人生で最も大切にしていたものを失ったことを、知ったのだ。最愛の弟は、ヴァシルの商館で、自らあの奴隷と同じように、胸を切り裂いて、絶命していたのである。

.....エスティレード
「なぜだ!」
激昂するままに腕を振り下ろす。絹を裂くような音と、もはやかすれた呻きにしかならない奴隷の悲鳴がそれに続いた。しかし構わずヴァシルは手にした鞭を奴隷に容赦なく打ち続ける。
壁に手枷で拘束され、身を投げ出した男奴隷の背は、もはやみみずばれなどでは表せないほどに赤く血に染まり、肉をむき出しにしていた。
「旦那様、それ以上は死んでしまいます」
「黙れ、老いぼれ!」
見かねた筆頭執事が諫めに入るも、それが一層ヴァシルの怒りをあおり、今度は執事に向かって容赦ない鞭が飛ぶ。
奴隷たちがしんと静まり返る中、ヴァシルの荒い息づかいだけが、地下の調教部屋に響いた。
「さっさと次を持ってきなさい」
もはやぴくりとも動かなくなった男奴隷に焦れたヴァシルが、周りの奴隷たちに命じる。
しかし、髪を振り乱し、全くいつもの冷静さを持たない主に、奴隷たちの反応が鈍った。
「持ってこいと言ったはずだ! 貴様らもこうなりたいというのか!?」
鞭を冷たい床に打ち付ければ、周りを固めていた奴隷たちが音に駆られて、はじかれたように動き出す。
ザフォルが死に、以来ヴァシルは荒れ狂っていた。なぜザフォルが死んだのか、ヴァシルには理解できなかった。ただ、あの弟はせっかく目をかけ、慈しんでやっていたヴァシルを裏切ったのだということだけは、はっきりとしていた。
激しい怒りだけがヴァシルを支配し、その怒りは周りの奴隷たちに向けられた。
しかしいかに奴隷を打ち据えようと、怒りは収まる気配を見せない。普段からヴァシルには決して背かない奴隷たちも、心なしかヴァシルの姿に怯えるように、身をすくめる。それがなおさら、気にくわなかった。
連れてこられた奴隷を次々と打ち据え、使い潰す。どこまでも奴隷たちはヴァシルに従うが、いつ未調教の奴隷が尽きるかと気が気でない。
未調教の奴隷が尽きれば、ヴァシルの怒りは身の回りの奴隷たちに向けられるであろうことは、明白だった。
戦々恐々とする奴隷たちが連れてきた、何人か目の戦闘奴隷がほぼ肉の塊と化し、打ち捨てられた後。ついに男奴隷が尽きて、その奴隷は連れてこられた。
女の戦闘奴隷というのは、男に比べればやはり圧倒的に珍しい部類に入るだろう。しかし、いかに女とはいえそれでも戦闘を生業にする者だった。鉄の鎖でがんじがらめにされたその顔は、血に染まった室内を見渡し、むせかえるほどの死臭に当たっても、恐れもしなければ動じることもなかった。
それでも、普通ならば同胞の死を目の当たりにすれば怒り狂う者がほとんど。なのにその女は、不快さに目を細めただけで、ヴァシルをまっすぐに見返した。
「女、その目は何だ」
ヴァシルの手にした鞭の柄が、女の顎を持ち上げる。すると女はヴァシルをあざ笑うように、鼻で笑って見せた。
「弟が死んで、寂しさに八つ当たりか? ガルグの主というのはよほど子供じみた男なのだな」
明らかに主を挑発する物言いに、周りの奴隷たちに戦慄が走る。
「貴様、ヴァシル様に何という口を……!」
しかし、女を押さえつけようとした奴隷の行動は、他ならぬヴァシルの鞭によって止められた。
主のためを思って動いたというのに、逆に打たれた男奴隷は、出過ぎた真似をしたと謝罪し、おとなしく引き下がる。
「女、私は子供じみた男か?」
作品名:奴隷 作家名:日々夜