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からっ風と、繭の郷の子守唄 第40話~45話

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 バラックと呼ばれる別棟の壁と室内のすべてを、ビニールで覆う。
ビニールで覆われた室内、そこが蚕の飼育スペースだ。
蚕座(さんざ・飼育のために整えられたカイコのおき場所)の上には、
積み上げられた桑の葉がある。
脱皮から目覚めたばかりのカイコが旺盛な食欲ぶりを発揮して、ポツポツと
桑の葉をひたすら食す。

 「『船起き』したばかりのカイコだ。
 そいつが例の金色の糸を吐く、オカイコ様だ」

 ようやく追いついてきた徳次郎が、康平の背後から声をかける。
『船起き』とは、成長のために何度も脱皮を繰り返すカイコが、
繭を作る直前状態の5齢目になったときの状態を言う。
蚕は4回におよぶ脱皮をくりかえした後、成虫となり、繭をつくる。

 カイコの成長は、孵化からはじまる。
孵化(ふか)は、幼虫が卵の殻を食いやぶって生まれてくる状態をいう。
カイコは朝のうちに出てくる習性があり、卵が青くなると幼虫が生まれてくる。
生まれたばかりのカイコは、たくさんの毛におおわれていて、
黒い色をしている。
アリのようにも見えるので、蟻蚕(ぎさん)などと呼ばれる。
体長は約3mmあまりで、体重は100頭(とう)で45mgくらいの重さになる。
(カイコは、「匹」ではなく、動物と同じように「頭」と数える)


 ふ化したカイコは蚕座(さんざ)に移される。
飼育を始める作業のことを、「掃き立て」と呼ぶ。
羽ぼうきで蟻蚕を掃きおろす様子から「掃き立て」と呼ぶようになったからだ。
いまは生まれたばかりのカイコに、はじめてエサをあたえる作業のことを指す。

 ふ化から、1回目の脱皮(だっぴ)までの期間を1齢。
次いで2齢、3齢・・・とすすみ、カイコは、5齢目で繭(まゆ)を作りはじめる。
カイコが桑を食べることをやめ、脱皮のために静止する時期を、
ねているようにも見えるため、眠(みん)と呼ぶ。
最初の眠りが1眠で、次いで2眠、3眠、4眠と農家は呼んでいる。

 「こいつは群馬県の蚕糸技術センターが育成してきた日本種の「ぐんま」と、
 黄繭の中国種「支125号」を掛け合わした、日中の一代交雑種だ。
 繭糸は細いがほぐれ具合も良好で、この繭からは光沢のある
 黄色の生糸が生まれる。
 千尋という女の子のたっての希望で、飼い始めてからもう3年になる」

 蚕は長い間、上州の農村経済を支えてきた。
「身上(家財、財産)をつくるのもつぶすのも、蚕次第だと言われてきた。
座敷を蚕室として使い、「身上がけ」「命がけ」で蚕を飼ってきた。
蚕を大切にして「オカイコ」「オカイコサマ」「オコ(蚕)サマ」と
尊称で呼ぶ。
それが上州における、養蚕農家のならわしだ。
「おカイコ様」と呼ぶほど民家の構造に、大きな影響を与えてきた。

 2階でカイコを飼育するときは、階下の炉で、松などの太い薪を燃やした。
煙を立てる「いぶし飼い」という技法だ。
天井の板と2階の床板にすき間をつくり、暖かい空気が上昇するように
工夫した。
2階は温かい空気を逃がさないため、まわりへ障子をめぐらし、
床にはむしろなどを敷き詰めた。
こうした飼い方が、大正から昭和にかけて大流行した。

 カイコが小さいうちは下の座敷で飼い、大きくなったら2階も含めて
母屋の全体を使い、家ぐるみで飼育をするようになった。
養蚕農家の二階は、蚕室として活用ができるよう仕切を設けず広々としている。
さらに採光や、壮蚕期に必要な空気の流れを良くするために、
天窓やヤグラなどの換気設備も作られるようになった。

 北部の山間部にみられる茅葺き屋根の、妻の部分を切り落とした民家の形。
赤城南麓に分布する、茅葺き屋根の前面ヒラの一部を切り落とした
赤城型の民家。
榛名山麓の前面のヒラを切り落として、そこに庇(ひさし)をつけた、
榛名型の民家。
屋根の棟の上に、換気のために建てられた高窓(ヤグラ。ウダツとも言う。)
を持つ民家。
これらはすべて上州に生まれた、養蚕農家の母屋の形だ。