からっ風と、繭の郷の子守唄 第40話~45話
徳次郎の屋敷はひときわ高い斜面の上に建っている。
赤城山の斜面を吹きおろす真冬の激しい季節風、上州の『からっ風』を
避けるため、この辺りの農家は、北と西側に樹木を植える。
荒れ狂う強風から、家を守る。
はるかに高い位置まで伸ばされた樹木は、真冬になると大根を
乾燥させるための、格好の晒し場として活用される。
養蚕の衰退とともに、養蚕農家の母屋が次々に消えていく。
今では徳次郎の屋敷だけが、残っているだけだ。
茅葺き屋根の2階正面の一部を、すっぱりと切りおとした独特の形は
『赤城型民家』と呼ばれている。
明治から大正かけて、上州各地で次々と建築された養蚕農家の母屋は、
外観だけを見れば、3階建てに相当する大きさが有る。
総2階建てというのが、当時の普通の養蚕農家だ。
2階のスペースは、カイコ専用として使われる。
1階にある居住スペースですら、大量のカイコたちによって
占拠されるときがある。
住人が居場所を無くすことは、養蚕農家においてはしばしば起こる。
人とカイコが一緒になって暮らしていく形こそが、まさに最盛期をささえてきた
養蚕農家の母屋だ。
養蚕農家の多くが、2階の全てに開口部を設けて換気をしている。
だが赤城型だけがそれとは別の、独特の形をしている。
正面入口の上にある、ぽっかりと空いた開口部分を除きほぼ全周にわたり
大きな傾斜を持つ屋根が、すっぽり覆い尽くしている。
温暖な気候を保つ平坦地にたいし、秋の冷え込みが早く、早霜や低温による
影響を受けないように対応した結果と言われている。
徳次郎が住む屋敷は、赤城型農家の典型だ。
茅葺きの門を入ると邸内に、母屋と同じだけの年月を経過した蔵と井戸が、
昔の姿のまま残っている。
子供の頃。康平が駆け回って遊んだ庭は、当時とほとんど変わらぬ姿でひろがっている。
サワサワと鳴りつづける、桑の葉の音が庭の片隅から響いてくる。
ポツポツと繰り返される音も同時に聞こえてくる。
カイコが桑の葉を食べる時に出す食事の音だ。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第40話~45話 作家名:落合順平