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からっ風と、繭の郷の子守唄 第40話~45話

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 「知らんのか。農薬についての有名なバイブルだ。
 農業は、野菜に取りつき害をなす虫と、農地にはびこる雑草との戦いだ。
 アメリカからはじまった大規模生産の近代農業は、農薬の開発と
 化学肥料が最大の武器じゃ。
 霧状の農薬が、木の葉から雫となって滴り落ちるまで散布をつづける。
 せみが狂ったように泣き叫ぶ。
 木から逃げていくが、途中でポタリと地面に落ちて、また飛び立つ。
 しかし、やがて力が尽きて地面に落ちる。
 どこかに潜んでいた蝶も、ひらひらと舞いあがるがやがて地面へ落ちてくる。
 強力な農薬と、消毒散布剤のうるさい散布機の音が去ったあとに、
 虫たちに死の世界が訪れる。
 と、レイチェル・カーソンが「沈黙の春」の中で書いておる」

 「いつごろ書かれたものなのですか、その沈黙の春という本は?」

 「1962年じゃ。
 化学物質による環境汚染の重大性について、世界で最初に書かれた警告書だ。
 1962年に出版されて以来、アメリカでの発行部数は150万部を超えた。
 20数ヵ国で翻訳され、読者は世界中にひろがっている。
 「沈黙の春」で取り上げられている農薬は、DDTやBHCをはじめとする
 有機塩素系の殺虫剤と、パラチオンなどの有機リン系の殺虫剤だ。
 アメリカではこれらの農薬や化学物質が、止めどなく大量に生産されておる。
 あらゆる農場において、惜しみなく大量に散布された。
 あれから50年近く経っても、これらの農薬は相変わらず出回り続けておる。
 効果的な農薬のひとつとして、いまだにその地位を維持しておる」

 「 有機リン系の農薬!。
 オウムの地下鉄サリン事件で問題になったサリンやソマン、タブン、VXガスと
 同じ仲間にあたる化学薬品のことでしょう。
 サリンより毒性が残りにくく、安全だと言われていますが毒性は同じです。
 有効性の裏側に、重大な危険性が潜んでいます。
 農薬も使い方を誤れば、強い毒性を発揮します。
 そのあたりの悪循環は、なんとかならないものなのですか?」
 
 「無理だろう。毒性を弱めれば、害虫に効かなくなる。
 毒性を高めれば、こんどは人間や自然界へ害をなすことになる。
 難しい選択がつきまとう問題だ。
 農薬の危険性には、「慢性毒性」「急性毒性」「突然変異性」「発ガン性」
 などがある。
 「残留農薬」といって、分解されず農産物や環境に
 そのまま残り続けることも有る。
 過半数の農薬に、人体や環境への危険性があると言い切れるだろう。
 だが、お前さんと論じている暇はない。
 早めに消毒を済ませて、アメリカシロヒトリを根こそぎにしてしまうことだ。
 しかし実行にあたっては、時間を選ぶ必要もある。
 子供たちが歩く通学の時間帯は避けて、午前中の早い時間に
 決着をつけたほうがいい。
 善は急げだ。急ぐぞ、康平」

 「え?子供たちにも影響があるのですか。農薬の散布には」

 「備えあれば憂いなし。
 万事において最優先すべきは未来を担う子供達だ。
 お前さんくらい毒に強くなってくれば、多少の免疫などもある。
 だが成長途上の子供にとって、些細な毒性も後になってから命取りになる。
 『沈黙の春』を書いたレイチェル・カーソンという女性は、』
 そんな視線を持っていた。
 農薬による健康被害と自然破壊について、
 やむにやまれぬ気持ちで書き始めたのだと思う。
 読んでみるか、康平。わしも一冊もっておる。
 知識はいくつになっても必要だぞ。ぼやぼやしておると、
 時代に置いていかれるからな。
 行くぞ康平。早くわしの家へ行って、一足先に消毒の準備に取りかかれ。
 行動が遅いぞ!それそれ、急げや急げ。わっはっは」
 
 突然の展開に目を白黒させながらも、古老に叱咤された康平が、
徳次郎の屋敷の方向を目指して、坂道を脱兎のごとく駆け出していく。