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からっ風と、繭の郷の子守唄 第40話~45話

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 徳次郎は生まれついての農業者だ。
年齢が80歳を過ぎた今でも夜明けとともに野良へ出て、農作業の汗を流す。
養蚕業が盛んだった時代、指導的な役割を果たしてきた人物でもある。
山間地が水利において苦労する。
まして赤城の南面山麓に、水利に使える川は無い。
畑を潤すための幾多の灌漑事業と、土地の改良に先頭に立って取り組んできた。

 苦労を厭わない行動が、先人と呼ぶにふさわしい人物でもある。
太古の哲学書でもある中国の『易経』を愛読する。
自らの行動をその書から学び、いまだに実践を怠らないという、気骨に
満ちた人物だ。

 易学に造詣をもつ徳次郎は、自然科学についても深い知識を持っている。
森羅万象について解説をくわえ、人生についても同じように語る。
人々は親しみを込め、徳次郎老人のことを徳爺と呼び、さらに畏敬の念を
こめ、『農家現役の最古老』と彼を賞賛する。

 「ほう。なるほど、見事なアメリカの大群じゃ。
 それにしても、これはまた見事なまでに巣をつくったもんだ。
 普通はサクラかカキ、ウメなどに巣食うが、クワにこれほどつくとは珍しい。
 アメリカ嫌いの千佳のことだ。
 これでは毎日、見るたびに大騒ぎしているに違いない。
 そうか。お前が始末を頼まれたか。
 それで万事窮して立ち尽くしておったのか。
 なるほどこれではわしでも手を焼く」

 康平の背中で立ち止まった徳次郎が、目を細める。
『たしかに近くで見ると、鬼気迫る光景だな。コイツは』と、
両手を胸の前に組む。

 「アメリカが桑の木へ巣をつくるのは、珍しいことなのですか?」

 「うむ。 カキ、サクラ、ウメ、プラタナス、アメリカフウ、
 ヤナギ、ハナミズキ、アンズ、クルミなどが被害が多いとされる木だ。
 だからといって、アメリカが桑を嫌うわけではない。
 だがこの木は特別な桑の木だ。
 養蚕業の長い歴史を、根本から変えた木じゃからのう。
 いわば、生きた記念碑じゃ。
 このあたりの桑畑で、この木が真っ先に導入された木じゃ。
 その後のクワたちの親木になった。
 この一帯にある桑畑は、すべてこの木の子孫か親族だ。
 他の桑はすべて抜かれてしまったが、こいつだけはここへ残された。
 樹齢は、80年を超えたかのう。いや、わしが生まれる前のことだというから、
 90年を超えているかもしれん・・・・」