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血と肉。

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2.
私は貧しい農家の一人娘として生まれました。
母は産後の不養生が祟り私の誕生から程無くして亡くなったため、私は母に抱き留められた記憶を持たずして育ちました。写真や肖像画という姿を知る術も貧しさ故に一枚も存在しておらず、私は箪笥の奥深くに仕舞われた産着や臍の緒、一房の髪から母の姿を想像せねばなりませんでした。
私の兄弟は正確には姉のみですが、外気に触れることなく命を落とした兄姉を加えれば片手の指は優に越えるでしょう。生後数ヶ月で病死した姉、続く兄は死産、そこから何度も流産を繰り返し、私が生まれました。
出産の立ち会いには祖母と近所の女性が何人か駆け付けたそうですが、手際が悪かったのか私の産着の隅には薄茶色に血の染みが残されています。母や兄弟との繋がりを無意識に求めていた幼い私は、見咎める者のいない時におしゃぶりを咥える様にその染みの部分を口に含み、臍の尾や髪を愛でながら記憶にない母の姿を度々夢想していたものでした。

父も肺の病気を慢性的に患っており、私が十になる前に病気が悪化し亡くなります。その頃の私には既に人の死を受容する精神の余地が作られていましたので、憑かれたように幻影に縋る真似はしませんでした。
産着や髪の束に固着する事も次第に少なくなりましたが、臍の尾だけは依然として手放せませんでした。
不意に強い不安に駆られた際は、臍の尾の端を極僅かに削り取り口に含みます。味も欠片の形も分かりませんが、母と直に繋がりを持っていた部分を飲み込む事により精神の均衡が取り戻せた気分になりました。

次第に私もこの村の風習と規律に染まっていきました。

私は元より身体の強い方ではなく、幼少の折から季節が変わる度に発熱や咳の症状を繰り返していました。父が病床に着いた時から一つの小さな疑惑が頭を擡げていましたが、決定的な瞬間が訪れる間際まで目を逸らしておりました。
長雨の続く中で畑に身を晒し続けていたのが悪かったのでしょう。
咳と共に吐きだした痰の中に微量な血が混じっているのが見て取れました。
父と同様、私の身体も病に蝕まれていたのです。
通常であれば早期に治療を施せるのでしょうが、外部から隔離された農村では緩慢な死の訪れに怯えるしかありません。

子供心にも何となく大人の態度で知れてしまう物はあります。
生前の母も、さほど身体は強くなかったと聞きました。
揃って病気で早世した家や、精神や身体に異常や欠損を生じた者に対して「肉が悪い」と呼びます。肉が悪い者は同じように肉が悪い者と縁結びを行うのが常です。
一族の以後の繁栄を望めぬ身体の者は、同様に未来の閉ざされた者と結び付き命を散らすべきなのです。それが誰にとっても村にとっても最良の選択なのです。
私は農作業も満足に手伝えないこの身体を口惜しく思います。
喀血の事実を祖父母に漏らしてからは微熱程度でも家に留め置かれ、無為に一日を過ごす日々を繰り返しました。家屋に籠もり出来るのは精々家事か内職の手伝いのみ。少々張り切ると体調を気遣われ仕事を取り上げられます。
父も母も待望の跡継ぎが病魔に憑かれていて落胆したに違いありません。
家族には唯々申し訳なく、役立たずの身体に生まれ落ちた我が身を恥じ入るしかありません。こんな穀潰しに何の価値があるでしょう。
秋の長雨や梅雨の時期は自宅から一歩の外出も許可されない日が続く事があり、不意に一度その様な考えに捕らわれると夜中悩み、満足な睡眠が取れず体調を崩す悪循環に陥りました。

こんな寂れた村でも祖父母の代はまだ景気が良かったらしく、私が幼い頃に祖母は箪笥に仕舞われた一張羅の着物を広げて嫁入りの際の思い出話を語りました。
手垢で汚れた箪笥の奥に仕舞われながら依然と楚々とした光沢を失わない着物を受け継ぎ身に纏い、未だ見ぬ婚約者の家に嫁ぐ夢に私も幼い胸をときめかせました。
母の分も幸福を受け、生まれ来る赤子に限りない愛情を注ぐのだと。
そして自分の肉が悪い事を知って涙を流しました。
肉には魂が血には記憶が宿ります。子孫に先祖代々継承してきた魂を繋がせなければいけないのに子を宿せない病弱な身体では何の価値がありません。


私は、誰にも魂を繋げられない悪い肉の持ち主なのです。

作品名:血と肉。 作家名:兎月