小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

INDEX|56ページ/58ページ|

次のページ前のページ
 

 説教めいた言葉を口にしつつ、リアムは機嫌よく言った。さすがに眉間の縦皺は消えて、気持ち悪いほど笑みを浮かべている。ミガー王国の兵士としては、自国の街の守りが増えればそれは嬉しいだろう。でも賞賛はいらない。いや、リアムが褒めているのは、どちらかといえばグリフィスの方か? リゼは顔を顰めると、そっけなく言った。
「誉め言葉はいい。それより、用が済んだんだからさっさと迎賓館に帰らせてもらうわ。馬車を用意して」
「……承知いたしました」
 リアムは頭を下げると、部屋から退出した。仮眠室の扉がぱたりと閉まると、リゼはふうと溜息をつく。こめかみを押さえ、苦しそうに表情を歪めるリゼを見て、シリルは心配そうに言った。
「大丈夫ですか……? 馬車は疲れるから、もう少し休んでからの方がいいんじゃないでしょうか」
「長居するとシェリーヌ以外の細工師にも騒がれるでしょう。うるさいのは御免よ」
 リゼはうんざりとした様子で言う。そして、ぐったりと壁に背を預けると、ぽつりと呟いた。
「……それに、もう用は終わったから」



 悪魔除けの調整のためにとシリルとゼノが退室した後、静かになった仮眠室の中で、リゼは小さく溜息をついた。
 重しを付けたような倦怠感が、身体に纏わりついている。魔力消耗による疲労が肉体にも及んでいるのだ。無論、あの悪魔除けに施された魔術式から、相当な魔力が必要であることは分かっていた。これぐらい疲れるのは予想の範囲内だし、少し休めばすぐに元に戻る。とはいえ、不快なものは不快だ。そしてその不快感を負ってでも、ああすればあの時を再現できるかと思ったが、そううまくは行かないらしい。
「リゼ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫よ。何度も言わせないで」
 ベッドの傍らで心配そうな表情をしているアルベルトを見つめ返し、リゼは渋面を作る。むしろ面倒なことをしてでもあの時を再現しようとしたのに収獲なし。そっちの徒労感の方が堪える。……というのはやや大げさな表現ではあるが。
「あのね。あなたのその眼なら、私がどれぐらい魔力を消耗したか分かるんじゃないの? それなら、心配するほどじゃないって分かるはずよ」
「確かに魔力の消耗は命に関わるほどではないが、さっきからどこか上の空じゃないか。何か気になることでもあるのか?」
「……別に。何もないけど」
 アルベルトから視線を逸らし、リゼは窓の外を眺める。確証もないのに話す気にはならない。仮に話しても、魔術師でない彼には分からないだろうし。
「それよりあの悪魔除けはちゃんと作動してる? あなたの眼から見て」
 とにかく話題を逸らそうと、リゼは窓の外を指さした。悪魔除けが発動していることは気配で感じるが、実際、どういう風に働いているのかは少し気になる。最も、どういう風に働いているかを視ることが出来るのは、アルベルトだけだけれども。
「ああ。メリエ・セラス全体を結界が覆っている。ルルイリエと同じだ。あの街よりは力は弱いが」
 窓の外を見て、アルベルトはそう答える。なるほど。彼の眼にはそういう風に視えるらしい。シェリーヌも、よくもまあこんなものを創ったものだ。オルセイン式増幅魔術式は威力を増大させるだけで効果範囲を拡大するのは難しいのだと祖父は言っていたが――。そんなことを考えていると、不意にアルベルトが問いかけてきた。
「今日の悪魔除けのことといい、君はどうしてそんなことが出来るんだ? 悪魔除けが相性の問題だとしても、悪魔祓いの術のことは」
 頭の芯が重かった。思ったよりも思考が回らなかった。だからだろうか。聞き飽きた質問だと一蹴することなく、リゼはぼんやりと言葉を紡ぐ。
「前にも言ったけど、分からないのよ。何故こんなことができるか私にも分からない。私が知っているのは――方法だけ」
 悪魔祓いの術の使い方だけ。リゼはこの力があると知った時の祖父の言葉を思い出す。これは今は失われた古の秘術なのだと。この術を真に理解していたのは、この世でただ一人だけなのだと――。
「方法は分かるんだな」
 妙に力のこもった声に振り返ると、アルベルトがやけに真剣な表情でリゼを見ていることに気づいた。その鋭い眼差しに驚いていると、彼は強い口調でリゼに問いかける。
「どういう方法なんだ?」
「……え」
「教えてくれ」
 小言を言う時を除けば、彼にしては珍しい押しの強さだ。疲労でいささか精彩を欠いているリゼは、その勢いに飲まれるまま「方法」を口にする。
「どうって、万物のエネルギーを魔力で束ねて悪魔を攻撃するだけ。イメージと文言さえ間違えなければ簡単なことよ。魔術と同じ」
「魔術もそうやって使うのか」
「そうよ。あらゆる場所に宿るエネルギー……精霊の力を魔力で制御して、物質化するのが魔術よ。理屈はそれとい――」
 そこまで言ってしまってから、リゼははっと我に返った。何故馬鹿正直にこんなことを話しているのだろう。知ったからと言ってアルベルトが何か出来るとも、何かするとも思わないが、だからって教えなければならない理由もないのに。しかし、一度口に出してしまったことは取り消せない。これで万が一ティリーに知られてしまったら面倒なことになるなと、リゼは自分の発言を後悔した。「口外されたくない」と言えば、アルベルトは言わないでくれるだろうけど……
「アルベルト、今の話は――」
「ああ、言わないよ。ティリーには」
 即答されて、リゼは面食らいつつも安堵した。こういう察しがいいところは助かる。しかしリゼが安堵した次の瞬間、それよりも、とアルベルトは続けた。
「俺に魔術を教えて欲しい」
「……はあ!?」
 なに馬鹿なこと言ってるの!と、リゼは声を張り上げる。だが、アルベルトは一歩も譲るつもりもなさそうな真剣な瞳でリゼに迫った。
「君にばかり負担をかけさせる訳にはいかない。俺は、悪魔憑きを救う力が欲しいんだ」
 魔術と君の悪魔祓いの術、方法は同じなんだろう? そう言うアルベルトは本気も本気。これ以上ないくらい大真面目だ。熱意にあてられて少し後退すると、アルベルトはその分距離を詰めてきた。思わぬ展開に混乱しながらも、リゼはどうにか反論した。
「そんなこと、時間の無駄よ。あなた、魔力を測った時のこと忘れたの? 霊晶石を使うことすら難しい量だって、シェリーヌに言われたでしょう?」
 そうだ。アルベルトに魔力はない。あの時のあれは何だったんだというぐらいにない。そんな彼が魔術を学んだところで、水の一滴を具現化させることさえ出来ないだろう。だが、彼にとってそんなことは些事らしい。
「ああ、そうだろうな。でも精霊神の結界、悪魔を遮断できる悪魔除け――魔術や精霊は悪魔に抗する可能性がある。それを知ることは無駄じゃない」
「悪魔祓い師なのに?」
「悪魔祓い師だからこそ、だ」
 どういう理屈だ。そう思ったけれども、アルベルトがあまりに真剣なので言い返せない。それに熱意にあてられて後退しているうちにいつの間にか背後の壁へ張り付く格好になっていることに気づいて、リゼは溜息をついた。
「……熱意は理解したけどやっぱり時間の無駄だと思うわ」