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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 価値。価値か。大げさな言い方だ。そんなもの、あってないようなものだ。怒ったような王太子の表情を眺めながら、リゼは胸中でひとりごちる。
(私のやっていることは、精々マイナスをゼロに戻しているだけのことなのに)
 確かに特殊な力を持っているけれど、“救世主”だのなんだのは周りが勝手に言っていることで、そんな素晴らしいものじゃないことは自分が一番よく分かっている。よく分かって――
『――悪魔を滅ぼすためとか、生きる価値とか、そんなことはどうでもいい』
『悪魔を滅ぼせなければ価値がないというなら、忘れないでくれ。スミルナを救ったのは君だ。沢山の悪魔憑きを癒したのは君だ。君は必ず成し遂げる。成し遂げさせてみせる。だから価値がないなんて言わせない』
 脳裏に横切った言葉に、リゼははっと我に返った。今ここでこれを思い出すなんて。ちらとアルベルトに視線をやると、彼は心配そうにこちらを見ている。何とも言えない居心地の悪さを感じて、リゼは俯いた。
 執務室に重い沈黙が流れた。リゼが応えるのを待っているのか、グリフィスも声をかけてこようとはしない。双方沈黙のまま、ただ時間だけが過ぎていく。そんな緊張状態がしばし続いた後。それは唐突に破られた。
「あ、あの殿下。勝手な行動をとったことは謝罪いたします。誠に申し訳ありません。以後は殿下のご命令通りにいたしますわ」
 ピリピリした空気に耐えかねたのか、ティリーが進み出て頭を下げた。ティリーは愛想笑いを浮かべ、渋面を作っているグリフィスに語りかける。
「リゼのことなら今度からわたくしがしっかり監視致しますわ。勝手な行動はさせません。ですからご安心ください」
 胸を張るティリーを、リゼは無言で見つめた。その根拠のない自信はどこから出てくるのだろう。大袈裟で演技めいた彼女の口ぶりに、よくそんな安請け合いができるものだと感心する。グリフィスの方もしばし険しい表情をしていたが、やがてため息をついた。
「――終わったことを責めても仕方がありませんね。ですが、次からは私の命令に従ってもらいます。よろしいですね」
 グリフィスの視線がリゼに向く。答えずにいると、隣のティリーに急かすように小突かれた。仕方なく、「分かった」と答える。渋々言ったのが伝わったのか――隠すつもりもなかったのだが――グリフィスは溜息をついたが、これ以上苦言を呈するつもりはないらしい。彼はリゼから、その斜め後ろに立っている人物へ視線を移した。
「それでは、シリルさんのことですが」
 グリフィスがそう言った瞬間、今まで大人しかったゼノがぱっと顔を上げた。当事者のシリルよりも機敏な反応だ。ゼノはぱっと前に出ると、突然の行動に驚いている王太子に向けて問いかけた。
「王太子殿下。前言ってた――おっしゃってたシリルの“憑依体質(ヴァス)”の能力を封じ込める方法、いつできますか!?」
 その剣幕に、グリフィスのみならずシリルも目を丸くした。綺麗な碧眼を零れ落ちそうなほど見開いてゼノを見つめるその表情には、驚きだけでなく別のものも混ざっているように見えた。
「ここでは無理ですが、メリエ・セラスに戻れば簡単な術式付与が行えます。完全なものにするにはフロンダリアへ向かわねばなりませんが、簡易式でもある程度効果は見込めるでしょう」
「分かりました。ありがとうございます!」
 安堵したように言って、ゼノは勢いよく頭を下げた。そんな彼を見つめるシリルの顔には複雑そうな感情が浮かんでいる。しかしゼノはそんなシリルの方へと視線を向けることはなく、少女の様子に気づくはずもなかった。
「船の準備が整い次第、メリエ・セラスへ向かいます。すぐに動けるよう、準備をしておいてください」
 グリフィスはそう言うと、リゼ達に退室するよう指示を出した。指示に従い、リゼは踵を返して執務室から出る。何はともあれ、これでミガーに帰ることになった。砂漠地帯のあの暑さは辟易するが、教会の奴らに絡まれなくてすむ。それを思って、リゼは溜息をついた。



 メリエ・リドスに滞在したのもつかの間、グリフィスの命ですぐにミガー王国へ戻ることとなった。
 慌ただしく荷物をまとめ、王太子専用帆船に乗り込む。もちろん、出国審査は受けていない。相も変わらずアルヴィアの出入国審査はザルだ。メリエ・リドスの出入りも楽だし、本当にやる気があるのだろうか。客室の窓から遠ざかっていくメリエ・リドスの港を眺めながら、ティリーは頬杖をつく。魔女の討伐を掲げてはいるが、教会がリゼを捕まえられる日は来るのだろうか。
 来ないだろうな。と机の向こうに座るリゼに視線をやりながら、ティリーは胸中で呟いた。正確に言うなら捕まえるところまではいくかもしれない。だが、あのリゼのこと。捕まった日には教会を半壊させて帰ってくるだろう。
「何?」
「いいえなんでも」
 怪訝そうなリゼからティリーは視線をそらした。休息を取ったおかげか、荒れに荒れていたスミルナ脱出直後よりはおとなしくなったが、また噛みつかれても困るからだ。リゼ・ランフォードは大変興味深い研究対象だが、人として付き合うのは少々めんどくさい。真実の解明には障害がつきもので、障害が多いとより一層燃えるのだけれども、疲れることには変わりないのだ。
 ティリーは溜息をつくと、ついと視線を横に流した。その先には、何故か部屋の隅で縮こまるように椅子に座っているシリルの姿がある。回復してからもどこか沈んだ様子の少女を見やり、ティリーはふと彼女に伝えてなかったことがあるのを思い出した。
「そうそう、オリヴィアは無事ですわよ。怪我の治療のために今はフロンダリアにいますわ」
 何気なくそう言うと、シリルがぱっと顔を上げた。悪魔教徒に襲撃された後、オリヴィアの生死も確認できぬまま攫われたのだろうから、ずっと気になっていたのだろう。泣き笑いのような表情で目を潤ませ、シリルは俯いた。
「本当ですか……!? よかったです……!」
 涙声で言うなり本格的に洟をすすりだしたので、よほど心配だったようだ。そんなに気になっていたのなら訊いてくれればもっと早く教えたのに。まあ、訊くのが怖かったのかもしれないが。
「あの……皆さん、ごめんなさい」
 ひとしきり泣いた後、顔を上げたシリルはそう言った。
「わたしのせいで皆さんにご迷惑をかけてしまいました。助けていただいて本当に感謝しています。ありがとうございます」
 シリルは立ち上がり、折り目正しくお辞儀をする。礼ならメリエ・リドスに到着する前にも言われたが、また改めて言うなんて義理堅いことだ。まあ、礼なんて言うだけタダだし、それで気が済むならいくらでも受け取っておこう。――しかし、リゼの方は、黙って受け取るという選択肢はなかったらしい。
「気にしなくていい。あなたを追いかけたのは私が勝手にやったこと。王太子はごちゃごちゃ文句を言ってるけど、知ったこっちゃないわ」
 と事も無げに言った。
「リゼ! 相手はこの国の王太子ですわよ! もう少し敬意を見せてもいいと思いますわ」