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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 礼に礼を返してどうするのとリゼは言う。言われて困るようなものではないと思うのだけど、こういう時の彼女は変に頑固だ。仕方なく、礼を言うのは諦めた。
「もうすぐ皆も起きるな。食事の用意をしてくるよ。それと出発の用意も」
 シリルの体調は随分よくなった。今日には出発できるだろう。アルベルトは寝袋を片付け、荷物の中から必要なものを出していく。リゼと話しているうちに朝日は地平線から顔を覗かせ始め、明るい光を投げかけていた。
「ねえ、アルベルト。あなたは――」
 呼びかけられて振り返ると、リゼは不意に何かを思い出したかのように、アルベルトに真剣な眼差しを向けていた。だが肝心の問いの続きは告げられない。何か悩むように視線を地に落としている。アルベルトは疑問を抱えながら、リゼに声をかけた。
「どうした?」
「――なんでもない。忘れて」
 しばし逡巡するも、リゼは結局答えることなく黙り込む。一方的に会話を打ち切ることはあれど、こんな風に煮え切らない態度なのは珍しい。何でもないと言いつつ、どこか悩んでいるようでもあった。
「やっぱりまだ体調が悪いんじゃないか?」
 アルベルトは手を伸ばすと、大雑把に切られたリゼの前髪をかき分けて、額に掌を当てた。熱くはない。むしろ少しひんやりしているぐらいだ。どうやら熱はないらしい。そう思っていると、右手をリゼにはたかれた。
「……だから子供扱いしないでよ」
「すまない。そういうつもりでは」
「体調なら良くなったって言ったでしょう。さっきのは――そう。あなたは本当にお人好しねって言いたかっただけ。それだけだから」
 リゼはむすっとした様子で言うと、踵を返し、足早にこの場を離れていく。話しかける間もない。遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、アルベルトは右手に視線を落とした。指先には彼女の少し冷えた肌の感触が残っている。いつも通りの仏頂面と、何かを悩んでいるような表情と。そして昨日の寄る辺ない子供のような様子を思い出して、アルベルトは右手を握りしめた。



 シリルの体調が回復して数日後。
 馬車を走らせたリゼ達は無事メリエ・リドスへと帰還した。キーネスは教会の警備が強化されているのではないかと危惧していたが、街への抜け道は一切見張られておらず、拍子抜けするほど簡単に中へ入れたのだ。最もシリルを連れている分、断崖絶壁にある抜け道を通るのは前回より大変だったのだが。
 そうしてメリエ・リドスに戻ったリゼ達は、街の中央役場へと足を踏み入れたのだった。
「もっと警備が厳しいと思ってたわ。抜け道も使えないかと」
 案内された執務室で、リゼはそう言った。メリエ・リドス中央役場はスミルナの一件のためか多数の職員が慌ただしく行きかっており、執務室中央のテーブルにはたくさんの書類が積み重なっていた。
「簡単に見つかるんじゃ抜け道の意味がないだろう。あの道の維持にはかなり力を入れてるんだ。こういう時に役立つようにな」
 そう言ったのはゴールトン。メリエ・リドスの市長だ。伸ばしていた髭は少し整えたらしく、悪人面は大分改善されている。ゴールトンは髭を撫でながら、何か思案するように呟く。
「まあ、スミルナであんなことがあったしな……」
「何が?」
「いやこっちの話だ。何はともあれ、生きていて何よりだ。あんた達が死んだら首を切られるところだった」
 心底安堵したようにゴールトンは言う。首を切られる? 不穏当な発言にリゼは首を傾げた。ゴールトンは市長。メリエ・リドスの最高責任者だ。その彼が首を斬られることを心配するとはどういうことだろう。そう考えていると、ゴールトンは少しばかり遠い目をして言った。
「実はな。あんたらに話したいことがある方がいらしている」
 ゴールトンが支持を出すと、隣に控えていたレーナが隣室に繋がる扉へと向かった。レーナは丁寧に扉を開き、中にいる人物に声をかける。ほどなくして、隣室から一人の男性が姿を現した。
「グリフィス殿下……!」
 執務室に現れた人物を見て、ティリーは驚きの声を上げた。
「どうしてここに……!?」
「貴女方を追ってきたのですよ。呼んでも部屋から出てこなかったのでね」
 咎めるように言って、グリフィスは用意された椅子の背に身を預ける。疲れた様子なのはフロンダリアからここまで急行してきたからだろうか。溜息をつくと、ミガーの第一王太子はリゼの方を見た。
「協力すると言った以上、単独行動は困りますと申し上げたはずですが」
「協力するとは言ったけど、あなたの言うことに全て従うとは言ってないわ」
 相手が王太子だろうとリゼには関係ない。きっぱりそう言い捨てると、グリフィスは再び溜息をついた。その横でゴールトンは苦笑いをし、王太子の後ろに控える兵士は殺気立った目でリゼを睨んでいる。剣呑な雰囲気が執務室に漂ったが、リゼは無視した。
「大体、あなたの言う通りゆっくりしてたら、シリルは生贄にされてたし、スミルナは消滅してたわ。シリルを助けられたし悪魔召喚も阻止できたんだから、文句ないでしょう」
「そういう問題ではありません。申し上げたでしょう。『貴女が向かったからといって必ずしも良い結果になるわけではありません』、と」
 グリフィスの質問にリゼは顔をしかめた。顔を合わせたらうるさく言われるだろうなとは思っていたが、『良い結果にならない』と言われるのは心外だ。
「それがどうしたの? シリルは救出した。悪魔召喚も阻んだ。良い結果だけじゃない」
 リゼが言い返すと、グリフィスはため息をつく。王太子が隣のゴールトンに視線をよこすと、市長は苦笑しつつ言った。
「今朝スミルナの情報が入った。市街地で悪魔祓いをした上、悪魔祓い師とおいかけっこをしたそうじゃないか。教会の正式な発表はまだだが、神聖なる神の都市で騒ぎを起こした魔女を取り逃がしたことに大層ご立腹らしいぞ」
「だから勝手な行動は止めてくださいと言ったはずです」
「騒ぎを起こしたのは悪魔教徒よ。私達じゃない」
「そうかもしれませんが、貴女はもっと大人しくしているべきでした。ましてやスミルナで堂々と悪魔祓いの術を使うなど、余計な波乱を引き起こすだけです」
 グリフィスの苦言に、リゼは納得いかないといった様子で顔をしかめた。
「――あの時は悪魔が結界を壊そうとしていた。悪魔をまとめて浄化する以外、他に方法はなかったのよ。私は悪魔祓いをするべきでなかったとは思ってない」
 正確には、方法がなかったからそうしたのではなく、悪魔が溢れ返っている光景に我を忘れて術を使ったのだけれども。ただ、そんなことを言えばグリフィスにまた苦言を呈されるだけなので黙っておく。
「大体、そのせいで私の悪評が増えたとしても今更だわ。困るのも私だけ。何が問題なの?」
 リゼの反抗的な態度に、グリフィスは再び溜息をつく。頭を悩ませる王太子の姿に兵士の殺気が増すのを感じたが、やはりリゼは無視した。
「――貴女はもっと自分の価値を弁えるべきです。貴女の行動がどれほどの影響力を持つかお分かりですか? 貴女のその力が、どれだけ特異なものか自覚しているのですか?」
「私の価値、ね……」