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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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「悪魔に憑かれていると認めたくないのは当然のことだ。それはとても恐ろしいことだから、告げるべきではなかったかもしれない。でも、だからって自分の存在まで否定するのはやめなさい。そんな考え方は何も生まない。もし辛いことがあるなら、抱えきれないことがあるなら、恐れず父さんと母さんに言いなさい。お前が傷つくのは辛い。苦しいことがあるなら、父さん達も一緒に背負おう」
「でも……」
 この目は自分だけのものだ。あれが視えるのは自分だけだ。両親は視えない。
 視えないものを、背負えるものだろうか?
「大丈夫だ。父さん達を信じなさい」
 小さな疑念を吹き飛ばすかのように、父はきっぱりと言う。父は嘘をつかない。そのことはよく知っている。両親は背負おうとしてくれるだろう。苦しいことを、苦しいと伝えたならば。
「……ありがとう。父さん」
 ――でも言えなかったんだ。
 悪魔に取り憑かれてるなんて、言えなかったんだ。
 言ってしまったら、父はもう助からないことを――自分が死を宣告する“死神”であることを、認めなければならないから。
 絶望は人から生きる気力を奪い、悪魔に力を与える。治す手段がないまま悪魔に取り憑かれた者は、己の死を予感して絶望する。悪魔に取り憑かれていると警告しても、それはただ死期を早めるだけ。不可視を視る“眼”など、ただ視えるだけで何の役にも立たない。ただ視えるだけでは何も。
 ああ。
 俺に力さえあれば、こんな思いはしなくて済んだはずなのに。



 悲しい気分で目を覚ました。
 夢のせいか身体は重く、そのくせ思考はすっきりと冴えわたっている。ゆっくり身体を起こすと、朝露で湿った前髪が額に張り付いた。邪魔なそれを払うと、空を仰いでため息をつく。白み始めた空にはいつものように黒い筋がいくつも浮かび、不気味に蠢いていた。
 夢だ。先程まで見ていたのは、子供の頃、隣人を亡くした時の夢。あんなに可愛がってもらったのに、隣人の家族に嫌われて、埋葬にすら立ち会えなかった。お前は死神だと、隣人の妻が恐怖と怒りに染まった声で叫んだのを今でも覚えている。自分がした警告が、逆に隣人を恐怖で追いつめることになってしまった。夢に見ることこそ初めてだが、その苦い記憶は澱のように胸の奥に溜まっている。アルベルトは額に手を当てると、深く溜息をついた。
 と、背後からさく、さく、と足音がした。規則的なその音に、アルベルトは振り返る。それと同時に、朝露に濡れた草を踏む音はぴたりと止まった。
 そこにはリゼが立っていた。何故か難しい表情をして、数歩離れたところで立ち尽くしている。視線が合うと彼女ははっと息をのんで、それから囁くように言った。
「……おはよう」
「おはよう。よく眠れたか?」
 そう返すと、リゼは戸惑ったように視線を伏せて、「……まあまあ」と呟く。態度は妙だが、声音からして嘘は言ってなさそうだ。顔色も随分よくなっている。
「体調はどうだ? どこか悪いところは?」
「……ない」
「そうか」
 たっぷり休養は取れたらしい。よかったと言うと、彼女はますます視線を泳がせた。
「あの……」
 ちらちらとこちらを窺いながら、リゼは歯切れ悪く呟く。何か言いかねているらしい。どうした?と声をかけると、やがてリゼは意を決した様子でこちらを真っ直ぐ見た。
「この間のこと、ありがとう……」
「え?」
「スミルナでのことと昨日のこと! ありがとう!」
 ほんの少し頬を染めて、リゼはそう言った。よほど思い切りが必要だったのか語気が荒い。突然のことにアルベルトが驚いていると、リゼはどことなく恥ずかしそうに話す。
「スミルナの時も昨日も、あなたのおかげで助かったから。なのに八つ当たりばっかりして……ごめんなさい」
 しおらしく、そう彼女にしては非常にしおらしく言って頭を下げる。一体何があったのだろう。ひょっとして睡眠不足が祟ったのだろうか。あまりの驚きにアルベルトはしばし沈黙して、頭を下げるリゼを凝視した。昼間に短時間目覚めて食事をとった以外は丸一日近く眠っていたせいか、緋色の髪は寝癖がついて乱れている。そのせいか彼女はやけに幼く、おいたをした子供が叱られて反省しているようにも見えた。
「いいよ。気にしてないから」
「……は!?」
 何気なく言うと、今度はリゼが心底驚いた様子で目を見張った。彼女はしばし硬直した後、信じられないとばかり呟く。
「な、なんで!? あんなに八つ当たりしたのに――」
「いいんだ。君だって本調子じゃなかったんだし」
「な、なんでそうお人好しなのよ……」
 リゼの口調はどこか非難するようだ。責めなかったことがそんなに不満なのだろうか。しかしながら、気にしていないのは本当なのだ。
 別に、全く腹が立たなかったわけではない。苛立ちもしたし、実際声を荒げたりもした。でも彼女は普通の精神状態ではなかったのだから、いつまでも怒る気になれないのだ。そう、あれは例えるなら、子供の癇癪のようなものだ。それにリゼは謝罪したのだから、それ以上なにか言うつもりはない。予想外の展開にリゼはいたたまれないようだったが、それぐらいは我慢してもらおう。
「それにしても、君に『ありがとう』と言われるのは初めてだな」
 礼を言われたことはある。しかし感謝を『ありがとう』という言葉で表されたのは思えば初めてだ。たった五文字の言葉だが、どうしてかとても嬉しい。
「そうね、初めてだわ。……次からは気を付ける」
 ぼそぼそと言って、リゼはそっぽを向く。拗ねているのではなく、恥じ入っているようだ。全く素直なリゼは新鮮だ。いつもこうであってくれたらいいのだが。
「――何?」
「いや。いつもそうやって素直でいてくれるといいのにと思って」
 問いかける彼女に対して素直にそう答えると、リゼはむすっとしてこちらを睨みつける。しかしながら反論しないのは自覚があるからだろうか。拗ねている様子はいっそ微笑ましくて、思わず口元が緩んだ。
「……なんで笑ってるの」
「いや、すまない。しかし、いきなりそんなことを言い出すなんてどうしたんだ? 何かあったのか?」
 落ち着いたところで浮かんできた疑問を口にすると、リゼは困ったように視線を逸らした。
「寝たらすっきりして、さすがにあれは酷いなと思ったのよ……」
「そうか」
 分かってくれたなら今はそれでいい。今後もこうであることを期待したいところだ。罰が悪そうなリゼの表情を見ながら、アルベルトは心の中でそう一人ごちた。
「――って、そんなことはいいわ。ちょっと立って」
 唐突に、リゼがそう言った。
「え?」
「いいから」
 言われた通り立ち上がると、リゼは一歩近づいて手をかざした。そこから淡い光が放たれ、アルベルトを包み込む。温かい光はアルベルトの身体にしみこんで、いまだ残っていた怪我の痛みを瞬く間に拭い去った。
「怪我、これで治ったでしょう」
「リゼ……!」
「睡眠ならとったし心配はいらないから。これくらいの術、なんてことないのよ。それよりも自分の身体を心配して」
「……分かった。ありが――」
「礼はいらないから」