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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 しかし彼は冷静だった。迫り来る風と氷刃に臆することなく、祈りを唱えて障壁を創り出す。壁と風雪は真正面から激突し、一拍おいて両者共に消滅した。魔術と祈りの力が交差し、残滓が煌めきながら舞い落ちる。細かな氷片の霧の中、リゼは矢のように飛び出して、アルベルトとの間合いを一気につめた。
 飛び上がりながらレイピアをふるうと、切っ先がアルベルトの剣を捉え、跳ね上げた。防御が崩れて、胴ががら空きになる。今なら防げまい。リゼは一瞬で体勢を整え、渾身の刺突を放った。今度こそ。切っ先は空を切り、無防備な胴へと迫った。
 しかし、それはあえなく空を切った。リゼの刺突よりも速くアルベルトが身をかわしたのだ。避けられたことを認識する間もないまま、足元を衝撃が襲う。急に景色がぐらりと傾き、唐突な浮遊感に見舞われた。
 そして気付いた時には、アルベルトの顔が目と鼻の先まで近づいていた。
 こっちは必死なのにアルベルトが余裕そうなのが悔しくて、近くにいるのを幸いとリゼは剣を振り下ろそうとする。しかし腕が全く動かない。よく見ると、右手首をアルベルトの左手がしっかり掴んでいた。痛くないのに、右手はビクとも動かない。さらには彼の右腕がリゼの腰に回されていて、距離を取りたいのにどうやっても離れられない。もがいてももがいてもビクともしない。どうやっても敵わないことが分かって、リゼは茫然とアルベルトを見つめた。
「気が済んだか?」
 彼は怒るでもなく、ただ少しばかり呆れた様子でそう囁く。気なんて全く済んでいないけれど、動けないのでは戦いようがない。今更疲労も襲ってきて、身体からすっと力が抜けた。緩んだ右手からレイピアが滑り落ち、背後の地面に突き刺さる。それを見て戦意がないことが分かったのか、アルベルトはあっさりと手を放した。
 なんだか立っているのも億劫になって、リゼはそのままそこに座り込んだ。剣を拾うこともせず、脱力して視線を落とす。一方アルベルトは放り出されたレイピアを拾い、リゼの隣に腰を下ろした。
「どうしていきなり手合せしたいなんて言い出したんだ?」
 レイピアを差し出して、アルベルトはそう問う。
「……理由なんてない。ただ手合わせしてみたかっただけ――負けるつもりはなかったのに」
 彼にだけは負けたくなかった。とにかくそう思う。悔しい。ただ無性に悔しくて、受け取ったレイピアの柄を握りしめる。馴染みのある滑らかな柄の感触に、少しだけ心が落ち着いた。がしかし、悔しいことに変わりはない。
「さっきの君の戦い方だけど、太刀筋がかなりぶれていた。攻撃が単調だし、狙いも不正確だ。君はまだ本調子じゃないだろう? それに、この明るさじゃ俺の方が有利だ。それに、あれ以上の魔術を使われたら俺は負けていただろうな。君に本気を出されたら、俺じゃ防ぎきれないよ」
 リゼの悔しさなど知る由もないアルベルトは、そう言って小さく笑う。確かに本気で魔術を使えば、そう簡単には防げないだろう。だがそれはそれだけの魔術を使う猶予があればの話だ。先程の手合せで彼はほとんど攻勢に出なかったが、それでも見事に負けた。もしアルベルトが積極的に撃って出てきたら、魔術を使う暇があるかも怪しい。結局、勝てないのだ。やっぱり悔しい。
 リゼはため息をつくと、レイピアを鞘に納めた。空は大分明るくなり、もう足元が見えないということはない。間もなく森の向こうから日が差し始めるだろう。群青から青に変わりつつある空から、星と月の光が消えていく。薄闇に覆われていた大地はようやく朝を迎えようとしていた。
「……それで、なんでこんな時間に鍛錬なんてやってるの。悪魔祓い師にはそういう決まりでもあるの?」
 しばらくの沈黙の後、リゼはふと思い立ってそのことを聞いた。習慣だから、というのは結局のところ理由にならない。何故鍛錬を行うのにこの時間を選んだのだろう。
「いいや、鍛練は自主的にやっているものだよ。教会にいた頃、昼間は聖務が忙しくて、朝の祈りの前か寝る前ぐらいしか自由時間が取れなくてね。それで、朝の祈りの前に鍛練をすることにしたんだ」
 アルベルトはそう答え、剣の柄に手を置く。どうやら自主的にやっていることらしい。リゼも剣術を身に着けている以上、鍛錬の大切さは理解できるけれど、わざわざ自由時間を削ってこんな時間にやっているのはアルベルトらしいというか。リゼはそのことに少しばかりあきれつつ、今度は別のことを問いかける。
「朝の祈り、って、何するの」
「夜明けと同時に神に祈りを捧げるんだ。新しい朝を迎えられたことを感謝し、今日一日を心穏やかに暮らせるよう願う祈りだ」
 感謝に願い、か。感謝しなくても朝はやって来るし、祈りで心穏やかな日々が約束されれば世話ないけれど。感謝や願いごとが無駄とまでは思わないが、どうにも祈りとやらの意義が分からない。そんなに大切なものだろうか。なによりも優先すべきことか? それに、
 リゼは顔をしかめると、じいっとアルベルトを見つめた。
「罪人の子供なのに、馬鹿正直に神に祈るのね」
 そう言うと、アルベルトは驚いたように表情を変えた。
「決まりだから祈るとか、馬鹿馬鹿しいと思わないの?」
 感謝や願いは自発的なものだろう。決まりだからとか、そんなものではないはずだ。祈りの日といい、形式ばっかり決めて何の意味がある。だが、アルベルトはそうは思わないようで。
「――罪人の子であるかどうかは関係ない。神を信奉する者にとって、祈りは大切なものだから。決まりだから祈っているわけじゃない」
 アルベルトの口調は真面目で真摯で、嘘をついているようにも建前を言っているようにも見えない。本気で言っているのだ。そのことにリゼは妙に苛立った。
「あなたの両親は、祈りの日に働く罪人だったから悪魔祓いを受けられず死んだんじゃなかったの?」
「そのことと祈ることは別だよ。祈りの日に働く者を罪人だと切り捨てる教会の考え方は改めるべきだと思うけれど、祈ることが馬鹿馬鹿しいとは思わない。祈ることで得られるものもある」
「得られるもの? 手組んで目つむって、神様を褒め称えてるだけなのに何が得られるのよ」
 納得できなくて突っかかったものの、アルベルトは静かに答えるだけだ。まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように。
「祈ることで、自分を見つめ直すことが出来る。懺悔を通して、自分を省みることが出来る。そうやって自分の考えを整理することで、心の平穏を得られるんだ」
「懺悔……心の平穏、ね……」
 祈れば心の平穏を得られるのか。神様を称えれば救われるのか。そんな都合のいいことあるわけないのに。
「懺悔って、一体何を懺悔するの? あなたが懺悔しなきゃいけないようなことってあるの?」
 生真面目な彼のことだ。どうせちょっとした失敗だとか間違いだとか、そういう些細なことを上げて神に赦しを乞うているに違いない。馬鹿馬鹿しい。そう言おうと思った。アルベルトの懺悔がそんな内容ならば。だが、彼はやけの表情を暗くすると、「色々あるよ」短く答えただけだった。
「色々って何?」