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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 気になって問いかけると、アルベルトは言いにくそうに視線をそらす。そんな人には言えないようなことなのか。リゼが黙ったまま視線を送っていると、アルベルトは迷うように瞳を揺らす。やがて彼はため息をつくと、観念したかのように話し始めた。
「――君と合流する前に、悪魔教徒の少年に会ったんだ」
 それは、思っていたのとは違う話だった。
 その少年は悪魔に取り憑かれていたとアルベルトは言った。彼の力では祓うこともできず、悪魔ごと殺してしまうことしかできなかった。きっと望んでああなったのではないだろうに、悪魔教に関わったが故に短い生涯を終えてしまった。自分にもっと力があったなら、少なくとも死からは救えたかもしれないのにと。
「――俺はもっともっと力を付けなければならないのに、一歩も進んでいない。鍛錬は毎日続けているけれども、いくら術の修練を積んでも、俺は悪魔祓い一つ満足に出来ない。ずっと君に頼りきりで、俺は何も出来ていない」
 力なく岩の上に座り込んで、アルベルトは視線を地面に落とした。影のかかった表情は暗く沈んでいて、彼の悩みの深さを表している。
「せめて、俺も悪魔祓いが出来れば、君に負担ばかり掛けるようなことにはならないのに――」
 悔しげにそう言って、アルベルトは膝の上で拳を握る。白く染まっているそれによって、彼は心の底から己が無力を恥じ、悪魔憑きを気にかけていることが分かる。下らない些細な間違いなどではなかった。そこは決めつけが過ぎた。でも、だからこそリゼは思う。
 何を言ってるんだこいつは、と。
「あなたにそんなこと期待してない」
 どうしようもなく苛々して、反射的にそう言いかえす。一人で悪魔祓いを為し得ないことがなんだと言うのだ。そんなこと、最初から期待していない。悪魔祓いの儀式は時間がかかるし道具もいる。その上、何人もの悪魔祓い師で祈りを唱えなければならないという。そもそも悪魔祓い師は一人で悪魔祓いを出来ない者ばかりなのに、アルベルト一人を責めたってどうにもならない。表情を硬くしたアルベルトに、リゼは苛立ちをぶつけるように言い募った。
「あなたが一人で悪魔祓いを出来ないのはあなたの怠慢のせいじゃなくて、悪魔祓い師にその程度の力しか寄越さない神様のせいでしょう」
 だからアルベルトが悔やむ必要なんてどこにもない。だって出来ないものは出来ないのだ。自分のせいじゃないのに自分を責めるなんて馬鹿じゃないか。なのに、
「そんなことはない。俺が未熟なのは努力が足りないのと――信仰心が足りないからだ」
 穏やかに反論するアルベルトの口調に迷いはなく、それだけに苛立ちが募る。違う。そうじゃない。アルベルトの努力が足りているかどうかなんて、そんなことどうだっていいのだ。
「努力? 信仰心? なら悪魔祓い師の大半は怠け者で不信心なのね。そうよね。悪魔召喚の魔法陣に気付かず放っておくぐらいだもの」
「それは……間違いなく教会の怠慢だ。正さなくてはいけないと思ってる」
 思ってる。そう、彼は思っている。考えている。では、他の悪魔祓い師は? 司祭は? 守護騎士達は? アルベルトと同じように、真面目に教会の務めを考えている者がどれほどいるのだろうか。
「あなたはそうやって正しいとか間違っているとかちゃんと考えているのに、たくさんの人を救いたいと思っているのに、どうして神様は力を与えないの? あのウィルツとかいう悪魔祓い師の方が強い炎(ちから)を持っているのは何故よ? ゼノから聞いたわよ。貧民街の人達を脅して楽しんでたっていう話。あいつに力を与えておきながらあなたは未熟なままだなんて、慈悲深くて公正な神様の目は節穴なんじゃないの」
 マラークの神は不公平だ。公正を謳いながらまっとうな人間に力を与えないのだから。慈悲とは無縁そうな人間に力を与えるのだから。
「そんなこと……」
「そうでしょ。全知全能とか言いながら悪魔をほったらかしにしているんだから」
「リゼ!」
 アルベルトの口調は咎めるように鋭く、表情は険しい。ああ、やはり彼はマラーク教徒なのだ。教会(人間)の非は認め、批判を甘んじて受けるけれど、神様を悪く言うことは赦さない。だが、リゼは違う。納得できないのだ。慈悲深きマラークの神が悪魔も、悪魔教徒も、貧しい罪人達も、教会の無能な連中も、彼のように志を持った人間も、皆ほったらかしにしていることが。
「……なにが全知全能の神よ。神様がしっかりしてくれないから、こんなことをする羽目になったんじゃない」
 神様が、聖典に書かれている本物の救世主――神の子が悪魔を滅ぼしてくれないから、たくさんの人間が悪魔に苦しめられている。慈悲深い神なんてこの世にはいない。祈りさえすれば助けてくれる。そんな都合のいい神様はこの世にはいない。神はただ在るだけだ。助けてくれない神様に縋るなんて、力を授けてくれないことを悩むなんて、馬鹿馬鹿しい。
 アルベルトは何も言わなかった。答えあぐねているのか呆れているのか、押し黙ったままだ。おそらくは後者だろう。リゼは俯いたまま、沈黙の中にただ立ち尽くす。次第にいたたまれなくなって、リゼはその場から立ち去ろうとした、その時だった。
「おはよーございまーす!」
 突然割って入った声にリゼは驚きのあまり硬直した。アルベルトも同じだったらしく、互いに顔を見合わせ、声のした方へ視線を向ける。するといつの間に近づいていたのか、思ったより近い場所に馬の手綱を引いたレーナが立っていた。
「おはよーございます。お二人ともお早いですね!」
 にへらと笑いながら、レーナはすたすたと近寄ってくる。いつからそこにいたのだろう。全く気が付かなかった。
「もう帰ってきたのか」
「だからちゃっと行ってちゃっと帰って来るって言ったじゃないですか。この通り薬も買ってきましたよ?」
 そう言ってレーナが鞄から取り出して見せたのは薬の入った布袋だ。彼女はそれをふらふらと振ると、無造作に放り投げた。さらに馬の手綱をアルベルトに渡し、「よろしくお願いしますねー」と言って洞窟へと歩いていく。
「ちょっと、どこへ行くのよ?」
 薬の袋を受け止めたリゼは、その無造作な扱いに呆れつつ、すたすた歩いていくレーナに問いかける。薬を渡すのはいいがどこに行くつもりなのだ。そう思っていると、
「どこへって決まってるじゃないですか」
 レーナは振り返り、真剣な表情で言った。
「布団の中です」



 レーナが持ち帰った薬は実によく効いた。元々容体が落ち着いていたこともあったが、夕方ごろになると熱も下がり、かなり症状も収まった。このまま順調に回復すれば、数日のうちに発てるだろう。
「あんまり遅くなると市長が心配しますからね。スミルナの一件で教会はメリエ・リドスに目をつけてますから、街に入るのもちょっと注意が必要ですし。まあでも、多少時間を置いた方が監視が緩くなるかもしれないですね。スミルナは街の立て直しと祭りの準備であまり人員を裂けないようです。ただ遅くなりすぎると他の神聖都市から応援が来ちゃうので拙いかも。――もぐもぐ。これ美味しいですね」