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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 耳朶にこびりつく絹を裂くような声に、リゼは毛布をはねのけて飛び起きた。反射的にレイピアの柄を握り、息を切らせながら周囲の暗闇を凝視する。夜明け前のまだまだ暗い時間。昨夜よりも陰りのある星明りの中に浮かび上がったのは、各々寝床で毛布にくるまり熟睡するティリー達の姿だ。誰も、悲鳴を上げた様子はない。男性陣は少し離れた場所にいるが、そちらも起きている気配はない。あれは夢だ。そのことに気付いて、リゼはレイピアを手放すとその場に座り込んだ。
 シリルの看病をして、ゼノが作った夕食を摂って、寝床に入った。それが昨夜の話。それからずっと寝床で考え事をしていたはずが、いつの間にか眠っていたらしい。中途半端に寝たせいか頭が重い。苛立ちのままレイピアを放り出すと、金属と岩がぶつかり合う思ったよりも大きな音が洞窟内に響いた。はっとして周囲を見回したが、ティリー達は目覚める様子はない。リゼは安堵して溜息をつくと、よろけながら立ち上がった。
 なんだか疲れ果てて、寝床で横になる気も起きなかった。なんでもいいから気分を変えたい。放り出したレイピアを拾い上げ、皆を起こさないよう静かに歩くと、洞窟の外から涼しげな風が吹き寄せてきた。心地のいい風だ。これなら外でゆっくり風を浴びれば、多少は気がまぎれるかもしれない。そう思って、リゼはふらふらと洞窟の外に出た。
 しかし、そこには先客がいた。
 静寂の満ちる夜明け前の森に空気を斬り裂く鋭い音が響き渡った。それは一定のリズムを持ち、乱れることなく繰り返される。その音を聞きながらそっと外を窺うと、月明かりの下で一つの影が舞っているのが見えた。
 袈裟掛けに振り下ろされた剣が月光を浴びて銀の軌跡を描いた。空気が斬り裂かれ、鋭い音が鳴り響く。続いて剣を引いて構え直し、横薙ぎ、斬り払い、斬り上げへ。緩急がついた動作を、一つ一つが正確に行っていく。アルベルトが披露する流れるような剣舞を、リゼは目を奪われたようにじっと見つめていた。
 やがて彼は一通りの型を終えると、剣を納め唐突にその場に跪いた。白み始めた空に向き、アルベルトは手を組んで頭を垂れる。ぶつぶつと何かを唱えるような声が聞こえてきて、リゼはようやく彼が祈っているのだと気づいた。
 祈りは先程の剣舞と同じくらい真剣なものだった。跪き、手を組んだ体勢から微動だにせずじっと祈りを捧げている。まるで、時間が止まったようだ。徐々に明るくなる東の空が唯一、時間の経過を指し示している。白んでいく空が投げかける光を浴び、祈りを捧げるアルベルトの姿は一枚の絵画のようだった。
 魅入られたようにその風景を眺めていると、不意にアルベルトが振り返った。まるで最初からそこにいることが分かっていたかのように、投げかけられた視線がぶつかり合う。気付かれた。そう思う間もなく彼はすっと立ち上がると、迷いのない足取りでこちらに歩み寄ってきた。
「リゼ? どうしたんだ?」
 声を掛けられ、今さら引っ込むわけにはいかなくなったリゼは、渋々岩陰から外に出た。東の空は明るくなり始めているが、足元はまだまだ暗い。真っ暗な岩陰から薄明りの射す場所に出ても、足元がよく見えなくて危うく石に躓きそうになった。
「……たまたま目が覚めたのよ。それでなんとなくこっちに来てみただけ。あなたこそこんな時間になんで剣の鍛錬なんてしてるの?」
 いくらその眼があるからってこんな暗い場所で。何とか転倒を回避して、忌々しい石を蹴っ飛ばす。それぐらいの時間は取れるのだから昼間にやればいいのに。しかしアルベルトは、
「昔からの習慣なんだ。どうにも鍛錬はこの時間にやらないと落ち着かなくて」
 剣の柄を撫でながらそう言った。挙げられた習慣という言葉にリゼは眉を寄せる。
「まさか今までもずっとやってたの?」
「ああ。どうしても時間が取れない時以外毎日やっている」
 かれこれ数か月行動を共にしているが、全く気付かなかった。確かにいつも起きるのは夜が明けた後で、しかも彼は何故かやたら離れた場所で寝たがるから(近くで寝られても困るので歓迎していたが)気付かなくてもおかしくない。おかしくないのだが、
「……なんで隠してたの」
 何故だか不愉快になって、反射的にそう問いかける。するとアルベルトは驚いたように答えた。
「起こしたら悪いからいつも離れた場所でやってたんだ。隠していたわけじゃない」
 そう、そうなのだろうな。アルベルトはそういう人だ。隠す必要もないし言う必要もなかっただけ。たまたま気付かなかっただけ。それだけだ。
 でも、何故だか釈然としない。
「じゃあ」
 感情のまま、リゼはレイピアの柄に手をかけた。何故そうしようと思ったのか、深く考えてはいなかった。ただそうしたいと思っただけだ。リゼは一歩前に出て、アルベルトとの距離を詰めた。
「手合わせしましょう」
 そう言うなりリゼはレイピアを抜いた。切っ先をアルベルトに向けると、彼は驚いて目を丸くする。「待ってくれ」と言ってアルベルトは手を挙げたが、リゼは問答無用でレイピアを振り上げた。力任せに振り下ろした剣が、鋭い音を立てて空を切る。まっすぐ相手の額を狙ったそれは、掲げられた長剣によっていとも容易く防がれてしまった。剣と剣がぶつかり合った反動で、手がびりびりと痺れる。それでも構わず力を込めたが、アルベルトの剣は微動だにしない。リゼは後ろに下がって距離を取ると、地面を蹴って刺突を放った。
 甲高い音を立てて、レイピアの切っ先が長剣の腹に激突する。防がれた。舌打ちしつつレイピアを引き、空いた左肩を狙う。しかし振り上げられた剣に跳ね飛ばされ、切っ先は明後日の方向へ向けられてしまった。再び距離を取り、今度は斬撃を放ったが、またもや相手に届くことなく防がれる。二撃、三撃、休むことなく斬撃を加えたが、そのどれも金属音を響かせるのみだった。
「はあ……はあ……はあ……」
 肩で息をしながら、リゼは額に滲む汗を拭った。さっきからどれだけ攻勢に出ても、アルベルトに一撃も当たらない。それどころかその場から一歩も動いておらず、直前まで鍛練をしていたというのに息すら乱していない。不公平だ。こうなったら、なにがなんでも一撃食らわせてやらなければ気が済まない。リゼは剣を振り上げると、意識を集中させた。
「リゼ、もうやめ――」
「まだよ!」
 負けてたまるか。そのことだけ考えて、リゼはレイピアを振り上げる。力任せに振り下ろすと、それは案の定アルベルトの剣に防がれた。ぶつかり合い、火花を散らす二つの刃。その接触点に向けて、リゼは魔力を収束させた。一瞬の後、顕現した風の塊が爆発し、二人を互いに弾き飛ばす。空中を舞いながら、リゼは間髪入れず次の魔術を紡ぎあげた。レイピアを振ると、その軌跡から氷雪が生まれ、刃となってアルベルトに襲い掛かる。これにはさすがの彼も表情を変え、避けようと後ろに下がった。その間に、リゼは振るったレイピアを引き、魔力を込め直す。銀の刃を中心に広がる翠の風。レイピアを構え、刺突と共にそれを解放する。一陣の風は氷刃を巻き込み、アルベルトに襲い掛かった。