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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 リゼの手厳しい批評にティリーはショックを受けたのか、言葉を詰まらせ涙目になる。さらには俯き、肩を震わせ始めたので、アルベルトはフォローに回ろうとした。が、その前に、彼女は勢いよく顔を上げていった。
「そんな! 酷いですわ〜!!」
 盛大に嘆きながらティリーは立ち上がり、すごい勢いで出口へと走っていく。とめる暇もない。ティリーの走るどたどたという音が鈍く洞窟に反響した。
「病人が寝てるんだから静かにしてよ」
 至極もっともなつっこみをしつつ、リゼは少しめくれた布団を整え直す。寝返りを打ったシリルは少しばかり呻いたが、目を覚ます様子はなかった。
「……ちょっと言い過ぎなんじゃないか? ティリーだって悪気があってやったわけではないんだから」
 さすがにティリーが気の毒になり、むすっとしているリゼを窘める。だが彼女は表情を変えず、不機嫌そうな声で言った。
「事実を言っただけ。それに、あなたはあの惨状を見てないからそんなことが言えるのよ。薬草を潰して煎じるだけなのに、なんで鍋が爆発するのよ」
 爆発……? 驚くアルベルトの眼の前に、リゼは黒い物を差し出した。よく見ればそれは小さな鍋で、内側が黒く焦げ付いている。なるほど爆発したというのは本当らしい。焦げ付くのはともかく、何故爆発したのかは皆目見当がつかないが。
「まあ……さすがに鍋を爆発させるのは問題だな」
 鍋も大切な物資なわけだし。だがそれはそれとして、後でティリーに声をかけておこう。彼女も悪気はなかったのだろうから。……たぶん。
「――ところで」
 アルベルトは鍋を脇にどけると、リゼの隣に腰を下ろした。
「その手、どうしたんだ?」
 ティリーがリゼを怪我人と称していた通り、彼女の左手の指には布きれが無造作に巻かれていた。癒しの術を使うほどの怪我ではないようだが、布きれには血が滲んでいる。
「ぼさっとしていてナイフで切ったのよ。久しぶりだったから手元が狂っただけなのに、ティリーが大騒ぎするから」
 林檎が無駄になったわとぼやき、リゼは怪我を隠すように手を握る。確かに大きな怪我ではないが、ナイフを扱うのは難儀しそうだ。ティリーが止めたのも無理はない。しかし、熊の解体はあんなに手際よくやっていたのに、林檎の皮剥きで怪我をするなんて。
「大した怪我じゃないのに血止めしているうちにナイフを取られて――ちょっと! いきなり何!?」
 リゼが抗議の声をあげるにも構わず、アルベルトは彼女の左手を掴んだ。自分で結んだのだろうか。布きれの巻き方はかなり雑で、きちんと傷口を覆えていない。アルベルトはリゼの抗議の声を無視して、乱雑に巻かれた布に手を掛けた。赤く染まったそれを外すと、血で汚れた親指が現れる。ティリーの「ざっくりやった」という表現通り、傷は結構深いようだ。いまだ血の滲む傷口をまずは水筒の水で丁寧に洗った。
「術を使わないなら手当はちゃんとしておいた方が良い」
 そう言いつつ、アルベルトはレーナから貰った傷薬を取り出し、洗った傷口に塗っていく。包帯を丁寧に巻きつけながら、アルベルトはなんとなくリゼの手を観察した。
 昨日も思ったが、リゼの手は一回り小さく指も細い。もちろん剣を握っているだけあって硬さも厚みもあるけれど、やはり自分(男)とは違う。それと、少し前までミガーの炎天下を(砂除けのローブを着こんでいたものの)歩き回っていたのに、かなり色が白い。ティリーは羨ましいと言っていたが、アルベルトには不健康そうに見えて少し心配なぐらいだった。
「――終わったのならとっとと手を放してよ」
 リゼの不機嫌そうな声が聞こえてきて、アルベルトははっと我に返った。手当てが終わったのに意味もなく手を握っていたことに気付き、慌てて手を放す。解放されたリゼはすぐに手を引っ込めると、胸元できつく握りしめた。包帯のまかれた親指を右手で包み込んで、視線をそらすように俯く。
「こんなことしなくてもいいのに」
 つっけんどんな物言いに、さしものアルベルトも苦笑する。
「大袈裟かもしれないけれど、君はもう少し自分を大切にした方がいい」
 リゼはとにかく自分の身のことに無頓着だ。そんな彼女の性格を知っているからこそ、ただの切り傷でも放置するのは心配だし、釘の一つや二つ刺したくなる。しかし、リゼにとっては余計なこと以外の何物でもないようで。
「本当に大袈裟ね」
 余計なお世話。リゼはそう言い捨ててそっぽを向く。予想通りの反応だったが、こうも拒絶されるとは。最近のリゼは最初の頃よりも心を開いてくれるようになったと思っていたが、まだまだ素直に話を聞いてくれるほど信頼されてはいないらしい。
「――ちょっと風に当たってくる」
 そう言って、リゼは立ち上がった。アルベルトを見もせず振り返り、洞窟の出口へと歩いていく。しかし数歩もいかないうちに、何かに躓いたのかふらりとよろめいた。
 アルベルトは反射的に手を伸ばすと、倒れかけたリゼを支えた。特にこれといったものはないところなのに、何に躓いたのだろう。大丈夫かと声をかけたが、リゼの反応は薄い。ぼんやりと、不思議そうに足元に視線を落としている。もう一度声をかけると、しばらくしてリゼは我に返ったようだった。
「――平気」
 手を振り払い、リゼは足早に、どことなく危なっかしい足取りで洞窟の外へと向かっていく。まるでここから一刻でも早く離れたいかのようだ。アルベルトはとっさに追い掛けようとしたが、シリルを一人にするわけにもいかないことを思い出して、伸ばした手を力無く下ろした。今追いかけても、どうせまた拒絶されるだけだろう。アルベルトは再びその場に腰を下ろすと、小さくため息をついた。
「アルベルト殿……?」
 か細い声が寝床から聞こえた。視線を移すと、目を覚ましたシリルがこちらを見つめている。少し、騒がしくしすぎてしまっただろうか。
「すまない。起こしたか?」
「いえ……大丈夫です……」
 少し熱が下がったとはいえ、シリルの顔はまだ赤い。額のタオルを手に取ると、それはすっかり温かくなっていた。シリルはけほけほと咳き込み、掠れた声で言う。
「あの……水を……」
「分かった」
 そう言って、アルベルトは手早く椀に水を注いだ。その間にシリルは自分で起き上がろうとしたが、まだ熱で力が入らないようだ。ふらつく上体を支えつつ、口に椀を宛がう。シリルはゆっくりと水を飲み干して、ふうとため息をついた。
「すみません……わたしのために……」
「気にしなくていいよ。ゆっくり休んでくれ」
 そう言って、アルベルトはシリルを寝床に下ろし、はだけた毛布を整えた。確かに熱は以前よりマシになっているようだ。昨日よりも身体が熱くないように思える。しかし寝汗はかなりかいているようで、髪の毛が肌に張り付いていた。べったり濡れた額を、水で冷やしておいたタオルで汗をぬぐう。後でリゼかティリーに着替えを頼まなければ。
「あの……」
「なんだ?」
 水桶でタオルを洗っていると、シリルが物言いたげな目でこちらを見つめてくる。アルベルトが手を止めると、シリルは潤んだ瞳をぎゅっと閉じた。
「ごめんなさい……お守り、取られちゃいました……アルベルト殿の物なのに、わたしがもっとしっかりしていれば……」