からっ風と、繭の郷の子守唄 第36話~40話
「居ないとは言い切れません。
でも、10中8~9はありえないと思います。
康平は、女性に優しすぎるところが難点です。優しいだけじゃ
難局は乗り切れません。
なんだかんだ言ったも、優柔不断の康平を、いまだに信じているのは、
たぶんあたし一人くらいだと思うけど、ね」
「君もまたまた、訳のわからないことを言うねぇ。
それこそ蛇の生殺しだ・・・・
手も足も出さずに、ただず~とチャンスを待てと聞こえたぞ」
「あなたの来ない映画館で、私はひとりで泣いたの。
ボロボロ泣いていた割に、映画は最後までしっかり見続けました。
思春期の女の子って、ずいぶんと変な生き物なんだなぁって、
あの時はつくづく思ったわ。
すっぽかしたあなたを恨んでいるくせに、素敵な映画を選んでくれたあなたに
感謝している、もうひとりの自分がいたんだもの。
すぐ次のチャンスが来るだろうから、今回は許してあげようなんて
考えていた。
そしたらその後は、ノーチャンス。簡単に10年が経ってしまいました。
人生は思うようにはいきませんねぇ・・・・」
「それでも俺たちはまた、電車で顔を合わせた。
一本ずらして、別の電車に乗ってしまえば顔を見なくても済むのに、
また俺たちは一緒になった。
笑顔で会話している君を、もう一度見られたことはこの上なく嬉しかった。
でもいくら待っても、声をかけるチャンスはついに、
こなかったけれど、ね」
「あたしもちゃんと見つめていた。ドアの前に立つあなたを。
同級生たちと会話しながらも、何度も目だけであなたを見つめていた。
合図らしいものがあるかしらと、目をこらしていたのに。
目線が会うたび、あなたは目をそらしてしまうんだもの・・・・
どうすればいいの。
あの頃の何も知らない18歳では、自分から修復することなんか
出来なかった。
甘酸っぱいままの3ヶ月間は、苦痛だったわねぇ」
辻ママがいつの間にか、2人の背後へ忍び寄ってきていた。
親密な話に耳を傾けていたが、手元のコーヒーカップがカチャリと音を立てる。
「あら、ごめんなさい。お邪魔してしまったようです。
親密さが増して、すっかりと恋人たちのような雰囲気が漂っていますねぇ。
私はお邪魔でしょうから、コーヒーを置いて早々に退散いたしましょう。
飲み終わった頃、声をかけますのでそれを合図にみんなで帰りましょう。
あ~あ、あたしにも、白馬の王子様が現れてくれないかしら。
仲の良さをたっぷりと見せつけられて、なんだか悶々してきちゃった。
熱い、熱い、ふぅ~。・・・・いいな。若い者は。うふっ」
午前4時。ほとんどの客が去り、スナックに静かな時間がやって来た。
表に、夜明けの気配が近づいてきた。
挽かれたばかりのコーヒーの香りが、深く静かに漂よいはじめました。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第36話~40話 作家名:落合順平