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からっ風と、繭の郷の子守唄 第36話~40話

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 「ママさんは、独特の風合いを持つ、赤城糸のことをご存知なのですか!。
 風合いが良くて、節のある赤城の糸は私も大好きです。
 歌手になる夢を諦めて群馬へ戻ってきた私が、最初に探したのは、
 生糸に関するお仕事でした」

 「あら、今のご時世、まだ生糸のお仕事なんて残っていたかしら?。
 郊外へ行っても、桑の木は少なくなりました。
 養蚕をしている農家も、少数のようです。
 それで、あなたが希望する、生糸のお仕事は見つかったの?」

 「生糸を生産する器械製糸工場は、国内では碓氷製糸場と、松ヶ丘開墾場で
 有名になった、山形の松岡製糸場だけです。
 養蚕農家で飼育されたうちの6割の繭が、いまでも碓氷の製糸工場へ
 集まってくるそうです」

 「へぇ。まだ製糸場が残っていたんだ、群馬に。
 最後の砦そのものですね。それでそちらへ就職が決まったの?」

 「日本で最初の富岡製糸場を中心に、世界遺産入りを目指す『絹の郷』の
 プロジェクト計画が、西毛地域で進行していた時期です。
 碓氷製糸場で、観光のメインとして、座ぐり糸を復活させようということで、
 数名の女子を募集していました。
 京都から来た女の子と私が選ばれて、地元の人たちの指導を受けながら
 座ぐりの修行に入ることが決まりました」

 「座ぐりの仕事をはじめたのなら、当然、糸ぐるまは知っているわけだ。
 なるほどね・・・・美和子ちゃんの唄の中で、糸や絹が頻繁に出てくるのは
 そうした仕事の体験が有ったからなのですね。
 でその後はどうしたの。
 歌手と座ぐり糸の実演は、両立できないでしょう?」

 「2年の研修期間を経て、どうにか糸を引けるようになりました。
 でも、専属で糸を引いていたわけではありません。
 昼間は一般の社員さんたちと同じように、製糸場の作業に従事します。
 昼間の仕事が終わり、寮へ戻ってから二人で座ぐり糸の特訓です。
 引いた糸は後処理が必要なため、深夜に何度も工場まで走ります。
 だんだん上手に糸が引けるようになると、それなりに楽しい日々が続きます」

 「楽しいこともあったけど、それなりに厳しい日々もあったわけですか。
 辛さを紛らわすために書いていた詩が、たまたま新聞社の
 文芸特選に選ばれら。
 それがきっかけで、世間から注目を集めるようになったのよねぇ。
 説得力があるけれど、反面、いつも寂しいオンナたちばかりが登場するのも
 なんだか気になるわねぇ。
 もしかしたら別の辛い恋愛体験も、含まれているのしら?」

 「ママさん。もう、それ以上は言わないで・・・・」

 それ以上は聞かないでください、と美和子が寂しい笑いを浮かべる。
『はっ』と気がついた辻のママが、あわててその場を取りつくろいはじめる。
『そう言う意味じゃないの・・・・大人の女性の、切ない気持ちがよくわかる唄です』
そう言いたかったのよ、私はと。ママがしどろもどろで立ち上がる。

 「ゆっくりとしていってね。ふたり共。
 ひと仕事を片付けたら、おいしいコーヒーを入れたいと思います。
 それを飲んだら、私も実家の母の顔を見たくなりましたので、
 車でおふたりを家まで送りましょう。
 それまでの時間、のんびり二人で過ごしてください。
 じゃ、後ほどまた。あ~忙しい、忙しい!」