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からっ風と、繭の郷の子守唄 第36話~40話

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 それ以外。これといった特徴のない朝の田舎の風景が広がる中、
桑の木の向こうへ、辻ママの車が消えていく。
康平はその場へ立ち止まったまま、ぼんやりと車を見送っている。

 「久しぶりに朝帰りをやらかしたと思ったら、ずいぶんややっこしい
 女との別れ方を、朝から演じるんだねおまえは。
 運転していたのは、スナックをしているみゆきママだろう?
 わかんないもんだねぇ、、あんたも・・・・大年増が好みなのかい?
 母さんよりも、4つも年上だよ。知っていると思うけど。
 驚いたねぇ。わが子ながら」

 背後からの声に、康平が慌てて振り返る。
いつのまに忍び寄ったのか、ハイブリッド・カーの運転席に、綺麗に化粧した
母親の千佳子の顔がある。
電気モーターを備えたハイブリッド車は、アイドリング時や低速走行は、
忍者のように忍び寄る。

 「だから音のしないハイブリッド車は、だい嫌いだ。
 まったく音がしないから、人を油断させる。
 そんなことだから、朝から息子のプライバシーまで覗き見ることになる。
 母親のくせに、息子の秘密をひそかに見ることがそんなに楽しいか。
 まったく悪趣味だ・・・・」

 「うしろの座席にいたのは、となり村の美和子ちゃんだろう?
 どこかで見た覚えはあったけど、この歳になるとなかなか
 思い出せなくてねぇ。
 思い出すまでずいぶん苦労した。
 あの子は確か、しばらく前に嫁に行ったはずだ。
 今時の娘さんだから性格の不一致か何かで、もう男と別れてたのかい?。
 実家へ戻ってきたのかい。もしかして?」

 「母さん。どうでもいいだろう、そんなこと。
 それより、なんでこんなに早い時間からこんな場所へ車でいるの。
 それのほうが俺には、はるかに驚きだ」

 「待ち合わせしている最中だ。言ったじゃないか。
 今日からは恒例の、一泊二日の息抜き旅行だって。
 もう忘れちまったのかい、この子は。
 人の話なんかどうでもいいと思って、最初から聞いていないんだろう。
 だからこんな場所で、墓穴を掘ることになる。
 美和子ちゃん・・・・しばらく見ないあいだに、美人にかわったねぇ。
 お嫁に行くと男を知って、女に磨きがかかるのかしら。
 あたしも負けずにもう一度、お嫁に行こうかしら、ねぇぇ康平。
 いい考えだと思うけど、どうする?。
 あんたも早く、嫁さんを見つけてきておくれ。
 そうすればあたしも肩の荷を下ろして、晴れて自由の身になれるのに」

 アイドリング中のハイブリッドに、振動音はまったく無い。
母がが好な女性演歌歌手のCDが、鮮明な音のまま、室内から響いてくる。
50を超えたばかりの母が化粧を施すと、素顔のまま農作業してきたときの顔とは
全く別人のようになる。
妖艶な雰囲気まで戻ってくるから不思議だ。

 「おふくろ。化粧ぶりから推測すると気のあった仲間の息抜き旅行は
 口実だろう。
 男でもいるんじゃないのか。
 久しぶりに、若返った母さんを見た気がする」

 「綺麗な母さんも、まんざらではないだろう。
 念入りに化粧をするのは、一緒に行く仲間に負けたくないからだけだ。
 みんな張り切って、化けてくる。
 女はいくつになっても見栄っ張りだ。
 あ、そんなことより、あんたにひとつ頼みがあった。
 裏の桑の木に、アメリカ君が巣を作っている。
 放っておいたら、いつのまにか大量に繁殖しはじめた。
 蜘蛛の巣のようで見た目も悪い。
 周りに展開し始めると、迷惑をかけることになる。
 切り倒してもいいし、消毒でもいいから、アメリカ君を
 退治しておいておくれ。
 頼んだよ。あたしはアメリカ君は大の苦手だ。
 あ、来た来た。仲間たちがやって来た。じゃあね、頼んだよ」

 郵便局の向こう側に、見事な化粧を施した女性たちがあらわれた。
気のあった3人の仲間たちだ。
大きな荷物が、次々と路上へ置かれる。
たしかに見た目にも、(母が自ら言うように)いずれも甲乙つけがたい、
香りたつような、アヤメとカキツバタの3人だ。