バラードが嫌いな彼女は
携帯電話を取り出す。事情を説明しなければならない。私の恋人に。
彼女の身に何が起きたのかは分からないが、事と次第によっては連れて帰ることもあるだろう。女同士の方が良い事だってある。
あらぬ誤解は避けたいし、隠し事は嫌いだ。
「……というわけで、そのコのところへ行くから」
「はいはい、お節介さん」
呆れたような声が返ってきた。
「そう言うなよ」
「そのコの力になってあげてね」
通話は一方的に切られてしまった。何日か不機嫌になるのは覚悟しておこう。
駅までは車で二十分。
ギアを入れ、一気にアクセルを踏み込んだ。
駅に着いた私は付近に車を止め、走って彼女を探し回った。携帯電話を鳴らせば簡単なのだが、おそらく彼女は見つけて欲しいはずだ、という確信にも似た予感が私にはあった。短い付き合いながらも、彼女が落ち込む理由は一つしかないと分かっていたのだ。
彼女はバスターミナルの待合室にいた。
待合室は駅前の再開発によって使い勝手が悪くなってしまったため、一日を通して利用者が少ない。専らバス利用者以外の待合室になり、最終バスが出た後はホームレスたちの寝床になっている。
「遅いじゃないですか。すっごい待ちましたよ」
待合室の一番奥に座っていた彼女は、息を切らせて駆けつけた私に向かい、開口一番に悪態をついた。
私が言葉を探していると、彼女はゆっくりと立ち上がり私の隣に歩み寄ってきた。
「お腹すきました。何か奢ってくださいよ」
いまはいつものように接するのが一番良いのだと思った。
「ワリカンな」
「エー ひどいデスー」
「かわいこぶってもダメ」
「ダメかぁ……」
彼女の表情が“ダメ”という言葉に反応して硬くなる。
「出張料金請求しないだけありがたく思え」
「ソーデスネ」
そのまま近くにあるドーナツ屋に入った。
「これぐらいなら奢ってやるよ」
「ホント? ラッキー! 言ってみるもんね」
彼女はにこりと笑うと次々にドーナツを選び出した。私の分のコーヒーを追加して料金を支払う。振り返ると、彼女は既にトレイを持って座席に着いていた。
彼女は無言のままドーナツを頬張る。
私もまた、無言のまま彼女の様子を眺めていた。彼女の目の端に見える、泣いた痕に気付かぬ振りをしながら。
彼女の身に何が起きたのかは分からないが、事と次第によっては連れて帰ることもあるだろう。女同士の方が良い事だってある。
あらぬ誤解は避けたいし、隠し事は嫌いだ。
「……というわけで、そのコのところへ行くから」
「はいはい、お節介さん」
呆れたような声が返ってきた。
「そう言うなよ」
「そのコの力になってあげてね」
通話は一方的に切られてしまった。何日か不機嫌になるのは覚悟しておこう。
駅までは車で二十分。
ギアを入れ、一気にアクセルを踏み込んだ。
駅に着いた私は付近に車を止め、走って彼女を探し回った。携帯電話を鳴らせば簡単なのだが、おそらく彼女は見つけて欲しいはずだ、という確信にも似た予感が私にはあった。短い付き合いながらも、彼女が落ち込む理由は一つしかないと分かっていたのだ。
彼女はバスターミナルの待合室にいた。
待合室は駅前の再開発によって使い勝手が悪くなってしまったため、一日を通して利用者が少ない。専らバス利用者以外の待合室になり、最終バスが出た後はホームレスたちの寝床になっている。
「遅いじゃないですか。すっごい待ちましたよ」
待合室の一番奥に座っていた彼女は、息を切らせて駆けつけた私に向かい、開口一番に悪態をついた。
私が言葉を探していると、彼女はゆっくりと立ち上がり私の隣に歩み寄ってきた。
「お腹すきました。何か奢ってくださいよ」
いまはいつものように接するのが一番良いのだと思った。
「ワリカンな」
「エー ひどいデスー」
「かわいこぶってもダメ」
「ダメかぁ……」
彼女の表情が“ダメ”という言葉に反応して硬くなる。
「出張料金請求しないだけありがたく思え」
「ソーデスネ」
そのまま近くにあるドーナツ屋に入った。
「これぐらいなら奢ってやるよ」
「ホント? ラッキー! 言ってみるもんね」
彼女はにこりと笑うと次々にドーナツを選び出した。私の分のコーヒーを追加して料金を支払う。振り返ると、彼女は既にトレイを持って座席に着いていた。
彼女は無言のままドーナツを頬張る。
私もまた、無言のまま彼女の様子を眺めていた。彼女の目の端に見える、泣いた痕に気付かぬ振りをしながら。
作品名:バラードが嫌いな彼女は 作家名:村崎右近