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バラードが嫌いな彼女は

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 それからまた二週間が過ぎた。
 その頃には、彼女との昼食は私の楽しみの一つとなっていた。そのことは一年付き合っている私の恋人にしっかりと伝えてある。
 彼女に恋人がいることは、工場で働く独り身の男たちには相当な衝撃だったらしい。私が彼女と昼食を共にしていたことが気になっていたらしく、そのことを知った際に「まさかお前じゃないよな?」と何度も確認された。
 私に恋人がいることは多くの従業員が知っていることだ。私がそんなことをするわけがない。よしんばそういう人間だったとしても、仕事場でするような軽率なことはしない。私は愛していると断言できる。ややこしい事態はごめんだ。

 彼女が休みの今日、私は一人で静かに食事を取り、結局辞められない煙草を吸いに工場の反対側まで歩いた。この一ヶ月、煙草の本数は間違いなく減っていた。それに彼女の存在が影響しているのは考えるまでもない。
 定時がやって来る。
 引継ぎを終え、一日の労をねぎらう一服をしていると、私の携帯電話が高らかになった。登録されていない番号からの電話に戸惑ったが、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「あ……」
 それは彼女の声だった。
 私の顔色が変わったのを見た同僚たちは、気を利かせたのか「おさきに」と言い残して喫煙所を去った。重い鉄製の扉がギギと錆びた音を立てて閉まる。
「いま大丈夫ですか?」
 彼女の声には元気がなく、僅かに震えていた。その不安から逃れたいがために私は軽口を叩く。
「ちょうど終わったところだ。キミの嫌いな煙草を吸っている」
 気落ちした彼女の声を聞いたのは初めてだった。前向きで元気印な彼女が弱いところを見せるなど、何があったのか想像することもできない。只事ではない何かが起こったのは間違いないだろうと思った。
「私、駅にいるんですけど、来て……もらえませんか?」
 私の心臓が大きく鼓動する。
 この際、彼女が私の携帯番号を知っている理由を気にしている場合ではない。
 「すぐ行く」
 私は一刻も早く駆けつけなければならないと強く思った。
 彼女は「待ってますね」と言って通話を終わらせた。
 私は先に帰った同僚を駐車場で追い抜き、車に滑り込んだ。何か冷やかしのような言葉を言われた気がしたが、構っている時間が勿体無い。
 キーを差し込みエンジンに火を入れて、フッと短く息を吐いた。