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幻燈館殺人事件 中篇

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 誰かが呼び出してしまってはいけない。誰某に呼ばれたので出掛ける、などと挨拶を交わしてしまう可能性は捨て切れない。
 あくまで自主的に。
 朝妻忠夫の力を使って久瀬蓮司を解雇させ、一ヶ月を費やして不安を煽り、尾行させるという形で現場まで誘導した。
 同じ服を着せ、似たような髪形にして、声を聞かれぬよう、先に殺しておく。
 森雪乃を追ってきた久瀬蓮司は、すでに死んでいる林葉子を見て、自分の恋人だと思い込む。何しろ久瀬蓮司は顔で人物を判別できない。同じ服、同じ髪、個人差を消してしまうほどに強力な香水。久瀬蓮司には、九条怜司には、判断材料がない。判断材料となるものは、意図的にすべて同じにされている。
 一之瀬桜子。
 彼女こそが、この事件の首謀者。
 怜司に自分が死んだと思わせること。
 そのために、偽装した林葉子の死体を見せた。
 花明に自分は死んだと信じさせること。
 そのために、わざわざ宛名付きの手紙をしたため、書き損じを装って室内に残しておいた。事件後、それを見つけた警察が訪ねるように。林葉子という仕事用の名前を持ち、森雪乃という偽名で生活していた一之瀬桜子の死が、帝国大学助教授花明栄助の耳に伝わるように。
 そして、事件後に目に触れるように、花明が月に一度だけ足を運ぶ美星堂の店員に手紙を預けた。
 この手紙の意図は、一之瀬桜子が書いたという証拠を残すこと。この手紙を書いたのは一之瀬桜子であると示すことにある。
 同じ封筒、同じ便箋の書き損じが部屋に残してある。それには、花明栄助の名がしっかりと書かれている。
 たとえ花明栄助が話さずとも、警察は六年前の幻燈館での事件に辿り着く。
 久瀬蓮司が九条怜司であるという事実を暴く。その上で、九条怜司の口から一之瀬桜子は死んだのだと漏れ出たならば、誰もがその死を疑うことはなくなる。
 この手紙が想定したより一週間も早く花明の目に触れてしまったことは、一之瀬桜子の不運であったと言えるかもしれない。
 事件前にこの手紙を読んでいたことで、助けを求めてきた怜司の手を取ることへの抵抗を大きく減らしていたことは間違いない。
 一之瀬桜子の誤算は他にもある。
 九条怜司が花明栄助を頼ったこと。
 警察側に蜂須賀直哉という理解者がいたこと。
 そして、九条怜司がその身を捧げ続けたこと。

 九条怜司は、林葉子と森雪乃が別人だと気付いたその瞬間に、すべては一之瀬桜子が仕組んだことなのだと悟った。
 二つの殺人の目的は、一之瀬桜子の死を偽装すること。
 なぜそんなことをする必要があったのか、敢えて挙げるならば、彼女は疲れたのだ。逃亡生活に。警察に怯える生活に。何もかもが不自由な生活に。
 愛して止まなかったはずの、九条怜司とともに生きることに。
 だから、九条怜司に自分を殺させた。
 久瀬蓮司が間違いなく森雪乃を殺し、九条怜司が間違いなく一之瀬桜子を殺した。
 それが、九条怜司の事実であり真実。そして現実だった。
『桜子のいない世界に未練はない』
 怜司自身がそう言っていた。
 九条怜司が愛した一之瀬桜子は、もうどこにもいなくなってしまった。
 九条怜司が他のすべてを捨ててまで欲した一之瀬桜子の愛は、もう消えてしまった。
 九条怜司は、自分の中に住む一之瀬桜子を殺したのだ。
 それでも、九条怜司が一之瀬桜子へと向ける愛は、少しも変わることはなかった。
 一之瀬桜子の幸せを願い、幸せにすることができなかった自分を呪い、愛する人の罪を被った。
 そんな九条怜司の献身は、皮肉にも花明と林葉子との対面を招いてしまった。
 これは、花明にとっての不運であったと言えるかもしれない。

 林葉子の遺体が発見されてから十日目の朝、一之瀬桜子は他殺体で発見された。
 一之瀬桜子を殺害したのは、朝妻忠夫の手荒い仕事を請け負っていた部下であった。


作品名:幻燈館殺人事件 中篇 作家名:村崎右近