幻燈館殺人事件 中篇
被害者は朝妻忠夫。彼は加害者でもあったが、利用され被害者となった。
犯人は、朝妻忠夫を利用して林葉子を殺させ、その日のうちに朝妻忠夫を殺害した。
朝妻忠夫が生きている限り、嘘が露呈してしまう瞬間を恐れて待つことになる。それは犯人にとって不安要素であり、何より不愉快なことであった。
犯人が朝妻忠夫に望んでいたことは、たった一つの証言だけだ。
その証言を終えた朝妻忠夫に利用価値はない。利用価値がなければ興味もない。ただ自分の邪魔さえしなければ、ただ自分の脅威になりさえしなければ、の話だ。
結果、犯人は朝妻忠夫を殺した。
利用されているとも知らず、無防備な姿を晒して、実にあっさりと、だがたっぷりと長い時間を掛けて苦しんで、そして死んでいった。
犯人は、朝妻忠夫だけでなく、二つの事件の顛末にさえも、興味を持っていなかった。
久瀬蓮司という男が、冤罪で刑に服すことになろうとも、疑いが晴れて解放されようとも、どちらでも構いはしなかった。もし久瀬蓮司と相対する機会が訪れたとしても、事件の顛末を聞くこともなく、災難だったね、と一切の後ろめたさも持たずに満面の笑みで言うだろう。
ただし、自分から会いに行くことは絶対にないし、久瀬蓮司から会いにくることもないという確信があってのことだ。
犯人の目的は、朝妻忠夫に一つの証言をさせること。そしてその証言内容を、久瀬蓮司こと九条怜司と、花明栄助の耳に入れること。
ただそれだけのために、二人の人間の命を奪ったのだ。
身勝手極まりない犯行だった。
花明は怒りを覚える。
犯人に対してではない。
六年前の自分の行動に対しての怒り。そして、六年の時を経てようやく訪れた後悔。
自己満足のためだけにとった、一つの行動。
何かをやったのではない。何もしなかったのだ。やらなければならなかったことを。
突然届けられた手紙には、未来に向かって現在(いま)を生きていると綴られていた。
花明は嬉しかった。
六年前の自分の行動が正しかったのかどうか、ずっと悩み続けていたから。ずっと求め続けていた答えを得ることができたから。
だが、裏切られた。
あのヒトは、過去から逃げているだけだった。
自分が、自分だけが楽になるために、過去から逃げだしたのだ。
愛を誓った相手を差し出して、自分だけの安寧を得んとしたのだ。
――花明の声は泣いていた。
震えることも詰まらせることもなく、一定の調子を保ち、淡々と流れ続けていた。
それでも――
花明は、犯人の名を告げるために口を開く。
自分もまた、自分だけが楽になるために、誰も望んでいない真実を口にする。
胸に燻る蟠りを解消するためだけに、誰一人として救われない真実の扉を開く。
「犯人の名は……」
犯人の名を告げた花明の声は、もう泣いていなかった。
作品名:幻燈館殺人事件 中篇 作家名:村崎右近