幻燈館殺人事件 中篇
* 11 *
花明は、自分が推理したすべてを蜂須賀に話した。
蜂須賀は、話を邪魔しないよう合間に相槌を打ちながら聞いた。
二つの殺人事件が起きた。
林葉子の殺害と朝妻忠夫の殺害。
この二人に関係しているのは、林葉子と同棲していたとされる久瀬蓮司。当然、警察は久瀬蓮司を有力な被疑者と位置づけた。
久瀬蓮司は、九条怜司の偽名。九条怜司とともに逃亡生活を送っていた一之瀬桜子も、森雪乃という偽名を使っていた。
第一の事件、林葉子の殺害。
被害者である林葉子の身元を証明したのは、第一発見者でもあり、殺害現場となった資材倉庫の持ち主でもある朝妻忠夫だった。
朝妻忠夫は、現場から逃走する犯人をも目撃しており、被害者と被疑者の双方について有力と思われる証言を行った。
朝妻忠夫の証言から、林葉子が働いていた店と、現住所は紅梅荘だと判明する。
林葉子が働いていた店の従業員によって、遺体が林葉子本人であると確認されたことで、林葉子こと森雪乃と同棲していた久瀬蓮司の犯行が有力視される。
動機は痴情。つまり、林葉子は久瀬蓮司の他に男を作ったため、久瀬蓮司の嫉妬によって殺害された、そういう見方だ。
そして警察は、林葉子が久瀬蓮司から朝妻忠夫に乗り換えようとしていたのではないか、という疑念を抱いた。勿論、根拠のない推論ではなく、林葉子が働いていた店の従業員や常連客の証言に基づいている。
第二の事件。朝妻忠夫の殺害。
朝妻忠夫は、林葉子の遺体を発見したその日のうちに殺害されていた。
参考人聴取を行うために、刑事が朝妻忠夫の住居に向かったところ、殺害された本人の遺体が発見された。
土木建築業を営む朝妻忠夫は、強引とも言える経営方針によって会社を大きくした。そのため、恨みを持つ者は一人や二人ではない。
しかし、前日に起きた林葉子殺害事件との関連が大きいと見た警察は、朝妻忠夫殺害も久瀬蓮司の犯行であると判断した。
久瀬蓮司による連続殺人事件。
これが警察の見解だ。
花明は、第一の事件から順に話していった。
当然、警察の見解とはまるで違う内容だ。
先ず最初に、林葉子を殺害したのは朝妻忠夫であろうことを話した。
警察の見解では、久瀬蓮司こと九条怜司が殺害の犯人であり、朝妻忠夫はその目撃者となっている。花明の見解はその逆、朝妻忠夫が林葉子殺害の犯人であり、九条怜司こそが目撃者であるとするものだ。九条怜司本人も、そのように証言している。
九条怜司は、殺害現場で男の声を聞いている。相貌失認症あり、声を聞くことで人物を判断してきた彼にとっては、これ以上ない人物を特定し得る判断材料である。
にも拘らず、九条怜司は犯人を特定し得なかった。これは、犯人が九条怜司の身の周りにいる人物ではない、ということを示している。
最初に浮かび上がった真犯人の輪郭は、九条怜司と関係がない、もしくは、関係が薄い人物、というあまりにも漠然としたものだったが、林葉子と関係を持つ人物だと言い換えることができる。
林葉子と愛人関係であったという証言がある朝妻忠夫は、林葉子と関係が深く、反対に、九条怜司との関係は浅い、という犯人像に合致する。
林葉子が働いていた店の、客も含めた関係者のほぼ全員が、同じ条件に当てはまるのも事実だが、大きな違いが一つだけある。
朝妻忠夫は、目撃者として事件に関係している点だ。
九条怜司に朝妻忠夫の声を聞かせることができれば、殺害現場で聞いた声と同じかどうかが分かる。しかし、被疑者である九条怜司に、目撃者である朝妻忠夫の声を聞かせるなど認められるはずがない。言い出さなかったのはそのためだ。
そして、朝妻忠夫は殺害されてしまった。
遺体が林葉子であることと、倉庫から走り去った人物が久瀬蓮司であることを証言したその日のうちに。
第二の事件、朝妻忠夫殺害。
警察の見解に従えば、久瀬蓮司こと九条怜司が、自分を裏切った女と、女を奪った男とを殺害した形になる。
しかし、第一の事件の被疑者である九条怜司には、完璧とは言えないまでも、犯行は不可能であろうと判断できるだけの状況証拠がある。
花明に言わせれば完璧な無実の証明なのだが、そこは敢えて譲歩していた。
第一の事件と第二の事件は密接に関連している。いわば連続殺人事件。
花明は、二つの事件は同一犯の仕業だと主張する。
二人を殺害した犯人は同じ、という見地に立てば、花明は自らの、林葉子を殺害したのは朝妻忠夫、という説を覆すことになる。
――花明の声は泣いていた。
震えることも詰まらせることもなく、一定の調子を保ち、淡々と流れ続けていた。
それでも――
――花明の声は泣いていた。
第一の事件。
被害者は林葉子。その身元を最初に証明したのは、第二の事件の被害者である朝妻忠夫だった。
遺体が林葉子であることは、彼女が働いていた店の人間にも確認が取れている。
しかし、花明が見た林葉子の遺体は、花明が知る人物のそれではなかった。
彼女と六年間を過ごした男がどれだけ言い張ろうとも、花明が知る人物ではないという事実は変わらない。特徴的な腕の傷痕があろうとも、花明が知る人物ではないという事実は変わらない。むしろ、傷痕があったからこそ、花明は確信を深めることができた。
林葉子が働いていた店の従業員は、彼女は朝妻忠夫と愛人関係だったと口を揃える。
では、林葉子と久瀬蓮司が同棲しているという話は、誰の口から出てきたのか。
考えられるのは、久瀬蓮司の顔と名前を知っていた朝妻忠夫しかいない。
そもそも、会社の経営者である朝妻忠夫が、工場の作業員でしかない久瀬蓮司の顔と名前を知っていることが不自然だったのだ。
暗がりで、ほんの一瞬。しかも、目撃されたことにも気付けない距離。そんな悪条件下でも判別できるほど鮮明に記憶している不自然。
そして導き出される答え。
九条怜司は、嵌められたのだ。
第二の事件。
被害者は朝妻忠夫。現場は朝妻忠夫の自宅。身元は確認するまでもない。
朝妻忠夫が持つ不自然に誰かが気付けば、追及を免れない。追及を受ければ、遅かれ早かれ嘘は暴かれる。ならば、嘘が暴かれる前に、被害者にしてしまえばいい。
朝妻忠夫は哀れな被害者なのだと思わせればいい。女癖の悪さのせいだったのだと半分の冷笑と半分の哀れみによって、朝妻忠夫の嘘は覆い隠される。
朝妻忠夫は口封じのために殺された。
朝妻忠夫の周囲には、彼に対して恨みや不満を抱える者が多い。名誉を挽回させてしまい兼ねない干渉はしない。敵にも味方にもならない。どちらか一方に踏み込めば、どちらでもない者たちによって叩き潰されてしまう。
従順なしもべと、従順な振りをしたしもべ。
朝妻忠夫の周囲には、そういう人間しかいないことを花明は知っていた。
仮面を貼り付けることに長けた花明だからこそ、他人の仮面にも敏感であった。
第一の事件と第二の事件は密接に関連している。いわば連続殺人事件。
自身の推理を語る花明は、この言葉を何度か使った。
第一の事件。
被害者は林葉子。しかし、森雪乃とは別人。
第二の事件。
作品名:幻燈館殺人事件 中篇 作家名:村崎右近