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BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン

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(三)

 師走初旬、とある墓園で神崎竜二は車を止めさせた。嘗ての初恋相手ソフィア・レノア、結婚し、ソフィア・天道となった彼女はここに埋葬されていると言う。。
 彼女はアメリカ出身のソプラノ歌手で、神崎は音楽番組で彼女と知り合った。当時の神崎は《音楽業界の問題児》と言われ、雑誌記者と喧嘩をする、女性関係も派手、警察沙汰の一歩手前まで行く事など一度や二度ではなかった。そんな神崎が、本気で好きになった女性であった。しかし、彼女は天道吉良と結婚し、ソフィア・天道となる。オベラ界の人気歌手と、スターの階段を上りはじめたロックバンド『SOULJA』の『KIRA』、この二大スターの結婚に、神崎をカリスマと持ち上げていた周囲はもう神崎竜二に関心を示さなくなっていた。。
 自分が落ち目なのは、決して『KIRA』の所為ではない。努力を怠り、天狗になっていたからなのだ。それが、あの頃は理解らなかった。
 ―――あんたが、殺した。
 天道リキに言われた言葉が、改めて心に突き刺さる神崎竜二であった。
 その『KIRA』こと天道吉良も、もうこの世の者ではない。一度は去った音楽の世界。彼を呼び戻した切欠の一つが、『KIRA』の息子が率いるバンド『BROTHERS』とは皮肉な話である。
 クリスチャンだったと言う天道吉良の墓石には、十字架が建てられている。
 墓碑銘は―――『KIRA TENDOU』。そして二人の女性。海と空の母ソフィアと、陸の母・茜である。その墓前で、高校のブレザーを来た少年がいた。
 「父さん。俺、父さんの顔を知らないけど、凄いミュージシャンだったっていつも兄貴たちから聞かされてた。武道館に立つのが夢だって」
 学校帰りの陸は、亡き父の墓の前で話すのが日課になっていた。
 「父さん、兄貴たちを助けてよ。もちろん傍にはリキ叔父さんもいるけど、父さんは今でも兄貴たちの憧れなんだ。でも、俺も父さんが歌っている姿見見たかったな。海兄は、俺は一度だけ父さんをテレビで見てると云っていたけど、それいつの話だと思う?俺三つの時だよ」
 天道吉良と叔父・天道リキがいたバンド『SOULJA』、その初テレビ中継。
 まさか、父親の最期を目撃するとは三兄弟は知る由もなかった。
 「―――君は彼の息子かい?」
 振り向いた先に、男は立っていた。陸は、音楽の世界はあまり詳しくはない。神崎芸能プロダクション社長の顔を知らないのは当然だ。
 「あの―――」
 「お父さんの、古い知人さ。確か天道吉良はアメリカ人の女性と結婚したと聞いたが―――君、ハーフには見えないが?」
 「父は再婚したんです。僕の母も一年後に。兄達の、お母さんも知っているんですか?」
 「ああ。綺麗な人だった」
 「でしょうね。隣のおばさんが、兄達がそっくりだって。性格は、違うと思います」
 「どうしてだい?」
 「一番上の兄は、家にいる時は主夫業をしてますがブラコンで、天然で直ぐに人に抱きつくし、二番目の兄は無愛想で近づきがたいし、二人はしょっちゅう口喧嘩しています」
 「面白いお兄さん達だな」
 男は、墓前に手を合わせると軽く笑う。その横顔を、どこかで見たような気がして陸は首を傾げた。
 「私の顔に何がついてるかい?」
 「どこかで、あった事があります?」
 「いや。君とは初対面だ」
 神崎は持っていた花束を備え、天道家の墓を後にした。
 「誰だったんだろう?」
 去っていくその背後を見つめる陸の問いに、墓の父は答える筈もなく、線香の煙が冷えきった空に真っ直ぐに延びていた。

 リキのスマホが鳴ったのは、丁度、『BROTHERS』の練習場所に向かうとしていた時だった。電話の主は、嘗ての『SOULJA』ドラム担当、藤堂一馬である。
 「藤堂?久し振りだな」
 『リキ…』
 「どうした?元気ないな」
 『いいか、よく聞け』
 次の瞬間、リキは凍りついた。
 震える手で通話をオフにし、リキは思わず亡き弟の名を心の中で叫んでいた。
 「よし、行くぞ」
 空の合図と共に、ドラムがステックでリズムを刻む。
 『BROTHERS』はクリスマスイブに、ライブを計画していた。だが、遅れて入ってきたリキの耳には彼らの演奏は聞こえていなかった。

 ―――いいか?これは脅しじゃない。

 藤堂の電話は、余りにも衝撃的すぎた。亡き弟・吉良はクリスチャンと云う事もあって神様を信じていたが、リキはその神を今度も呪いたくなった。
 何故、夢を奪おうとするのか。何一つ悪い事もしていないのに。
 曇天に、線香の煙が上っていく。
 「吉良、あいつらを助けてくれ」
 天道吉良の墓の前で、彼(リキ)は祈るように呼びかけた。最近は、仕事で命日以外殆ど来れなくなった墓参り。だがどんなに忙しくなっても彼の時間は、あの日から止まったままだ。 十三年前のライブ、メジャーデビュー一ヶ月前を控え、メンバーの誰もがはしゃいでいた。

 「やったぞ、吉良!遂に俺たちはプロだ」
 「ああ。これで武道館に近づいたな?兄貴」
 吉良はそう言って、リキに微笑んだ。そう、やっと夢が叶う。やっと―――。
 「何故なんだ?俺たちが何をした?これからなんだぞ。何故…」
 目の前で、倒れる弟・吉良。本当は、助けられたと理解っていたらと思うとリキは今でも忘れられない。
 「―――人間慣れないモノはするんじゃねぇな」
 リキの背が、ビクリと強張る。
 「空」
 「あんたの場合は、何かあると必ず親父の墓に行く事だ」
 「珍しいな。お前が墓参りとは」
 「そうでもないさ。この時間に来るのは初めてだが、何度も来てるよ」
 「それで、吉良は何か云ったか?」
 「いいや。俺も何も云わないからな、昔から」
 「確かに、お前はガキの頃から口数少なかったな。ポーカーフェイスは吉良だけだと思ったが、その心の内を覗かせないのも吉良そっくりだ」
 「何か、とんでもなく悪い奴に聞こえるぞ」
 「そのつもりで云っている」
 吉良も空も、決して悪気はない。それは、リキも理解っている。周りを心配させまいと、心の内にしまい込むのだ。兄弟なのに、家族なのに、二人とも何も云ってはくれない。
 リキが、何を云いたいのか空には理解っていた。リキが吉良の死でトラウマを抱えているように、空も父の死を見ているのだ。
 十三年前のあの日、クリスマスの前日。
  
「よし、出来たぞ」
 クリスマスツリーの飾り付けを終え、未だ小学生の海と空はテレビの前に座った。
 「陸を起こしてくる」
 「空、りっくんに見せるの?」
 「父さん云ってたじゃないか。今日のテレビ中継は、俺たちのクリスマスプレゼントだって。三人で見なきゃ意味ないだろ」
 そして、陸を真ん中にしてその時を待ったのだ。しかし、幼い三人が見た父親は、倒れる姿だった。悲鳴と供に、うつらうつらと居眠りをしていた陸が顔を上げ、空の袖を引いた。
 「兄たん、父たんは?」
 幼い陸は、その瞬間を見ていない。今も、父親が何処で亡くなったのか知らない。