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BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン

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 「し、知るか」
 「そう恥ずかしがるなって、りっくん♪」
 抱きついて来た海に、陸は悲鳴を上げた。
 「こんなところで、抱きつくんじゃないっ。馬鹿兄貴!」

 誰もいなくなった、鎌倉のライブハウス。譜面を睨んでいた天道空は人の気配に視線を上げた。育ての父にして叔父・天道リキ、『BROTHERS』のプロデューサーでもある男がいつになく深厚そうな顔で切り出す。
 「―――神崎竜二が日本にいる」
 「そのようだな」
 「知っていたのか?」
 「雑誌に載っていたのさ」
 「空、俺が心配なのはお前だ。何処まで知ってる?」
 「何処までって?」
 「はぐらかすな。アイツが、吉良が必死に隠した秘密をお前は知ってる。故に心配なんだよ。神崎と対面した時のお前達が」
 「心配性だな」
 「俺が何故、ミュージシャンを辞めたか知っているか?目の前で、お前達の父親が倒れるのを見たからだ。あいつは俺の弟であり、夢だった。あれから俺は、ベースが弾けなくなった。弾こうとすると、指が動かなくなる」
 「親父が死んだのは、あんたの所為じゃない」
 十三年前のクリスマス前日、一人の男が世を去った。海や陸、そして空の父親であり『KIRA』と名乗っていたロックミュージシャン。『SOULJA』のギタリスト兼ヴォーカルで、リキはベース担当だった。十二月二十三日、その日はライブハウスは超満員で、テレビ中継のカメラも入っていた。だが、天道吉良が歌おうとしたその時、彼は倒れ意識は戻る事なかった。その父が隠した神崎竜二に関する秘密。
 空は、同じ事を海にも聞かれた。「何処まで知っている?」と。海は空と違って隠し事が下手だ。子供の頃から直ぐに態度に出るので、空に見抜かれる。それを自覚していないだけに、今も同じ失敗をする。
 家族を守る為に、夢を実現する為に父が隠してきた真実は何と残酷なのか。今なら、父・吉良の想いがよく理解る。
 リキが帰った後、不意に視界が暗くなる。このところよくある貧血による目眩い。
 (―――まだだ…。俺は―――あいつらを絶対武道館に連れて行く!)
 首を振り、意識を覚醒させた彼は強い意志と共に譜面をぐしゃりと握った。

 その夜―――。
 海は小学校の作文に、「いつか武道館に行く事」と書いたのを思い出す。
 (そもそも、あれって…)
 父・天道吉良が亡くなり暫く経った頃、ある雑誌を幼い陸が覗き込んだ。
 「ぶどうかん」
 陸は、日本武道館に行った事も見た事もない。その雑誌の写真は間違いなく武道館だった。まさか『BROTHERS』の目標となるとは。
『KIRA』の息子として幼くして注目され、同じ道を目指せば当然の如く比べられる。

 ―――俺たちは親父のコピーじゃない誰が何と云おうが、俺たちは俺たちのやり方でやる。違うか?

 まったくどっちが兄貴で、リーダーなのか。空に云われた言葉は、頼もしい限りだ。
 (確かにそうだよ、空)
 海は、ベースのメンテナンス続けながら回想を続ける。そしてあの五年前の記憶に辿り着くのだ。
 病院の待合室で、言葉を失ったほどの衝撃。そんな筈がないと、陽気な男から笑顔を一瞬にして消し去る程の真実。
 
 ―――だからって、舞台から降りる訳にはいかないだろう?
 
 確かに、そうなのだが。
 不意に、部屋の扉が開く。
 「―――まだ寝てなかったのか?」
 「明日の準備さ。今帰ってきたのか?」
 「ああ」
 「空」
 「なんだ?」
 「俺はお前の兄貴だ。以前お前が言ったんだぞ?俺はあんたの何だと。もう一度言う。俺はお前の、お前たちの兄貴だ」
 「―――当たり前だろ。妙など事を改めて言うんじゃねぇ。じゃあな」
 「ああ、おやすみ」
 こんな事で、止まってはいけない、そうだ。
 何故急に昔の事を思い出したのか、海は自分でも理解らない。
 ラジオから流れて来る『BROTHERS』のナンバー。
 ドラムのサトシに、ギターのレン、ベースの海、そしてヴォーカルの空。三兄弟の夢は、『BROTHERS』メンバーの夢ともなった。
 ―――親父、見ていてくれているか?
 海はそう、心の中で亡き父に呼びかけていた。