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BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン

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帰ってきた男・神埼竜二


(一)

 都内某所―――、ビルの一角に芸能プロダクションを構える男はその日、懐かしい顔と再会した。
 「―――涼子、まさか君が僕を訪ねて来るとは思わなかったな」
 「久しぶり、竜二。いえ、今は神崎芸能芸能プロダクションの社長さんだったわね。貴方にそんな才能があるとは意外だわ」
 女性は、棘のある物言いであった。視線もきつく、好意的ではないのは男も理解った。昔の彼なら負けずに言い返していたが、男は苦笑しているだけだ。
 「相変わらず、厳しい物言いだな。ま、憎まれても仕方ない事をしていたからな」
 「ミュージシャンとしての貴方の才能は認めるけど、人としては嫌いなだけよ」
 「僕は、もうミュージシャンじゃないよ」
 「そのようね。随分様変わりしたようだわ。あの貴方が」
 彼女の名は、橘涼子という。大手芸能プロダクション『デープ・ジェロ』通称DJの敏腕マネージャーだが、十三年前はロックバンド『SOULJA』の担当マネージャーだった。男―――、神崎竜二はその『SOULJA』のライバルタレントで、当時は何かと嫌味な物言いや挑発をしてきたので橘涼子に嫌われているのだ。当時、神崎竜二はカリスマギタリストと言われ、音楽業界の賞を総なめしたが、彼は十二年前突然日本から消える。その彼が何故今になって帰って来たのか、出来れば逢いたくない男だったが彼女は動かざるを得なかった。
 「君が僕を訪ねて来たのは、アレかい?」
 「世を騒がす事だけは、変わってないわね」
 今月号音楽専門誌『LEGEND』の頁を開き、その表情は更にきつくなっていく。

 ―――僕が音楽の世界に戻ってきた切欠は、『KIRA』です。

 「その内容の通りだ。僕が、この世界に戻る事を決心させたのは『KIRA』だ。ここの前社長は僕の叔父でね。アメリカにいた僕に、継がないかと連絡があった。それだけなら帰るつもりはなかったよ」
 「じゃぁ、何故…」
 「『KIRA』が、僕を帰国させた」
 「冗談言わないで!彼は死んだわ!!」
 神崎はゆっくりとデスクから離れると、窓際に立った。そしてCDを取り出し、デッキにセットした。流れてくるのは、ロックギターの音色だ。
 「これは―――」
 「五年前、日本からアメリカのケイン・ロバートに送られてきたものだ。彼から僕が、譲ってもらった」
 「誰なの?これ」
 「僕も知りたい。これだけのテクニックだ。デビューすれば間違いなくスターになる。ところがこの五年、見つからない。突然消えてしまった。まるで、幽霊みたいにな」
 「でしょうね。この才能の持ち主ならとっくにスカウトしているわ。残念だったわね?」
 とことん、容赦のない橘涼子である。
 「『BROTHERS』は、今凄い人気だそうだな」
 「もうそのメンバーに誰がいるか、掴んでいるんでしょ」
 「『KIRA』の息子だろう?」
 『KIRA』―――、今なお音楽業界に名を残すロックミュージシャン。ライバルだった神崎竜二は当時を懐かしそうに振り返る。
 二度と帰らないと決めてきた日本、ライバルを失い、音楽業界から引退した男に火を付けた謎のギタリストと、『KIRA』の息子達。再び対立する側に回ってしまったが、若い頃の闘志が漲る感触に竜二は思わず笑みが漏れる。
 『KIRA』は本名は、天道吉良と言う。兄、天道リキと共にバントを組み、その人気は神崎竜二を超すと期待された。音楽の世界は、次々と新しいスターが生まれ、逆に消えて行く者もいる。
 カリスマ、スターと持ち上げられるままにその座に胡座を掻いていれば、童話『兎と亀』のように気付くのに遅れる。腕も人気も落ちた者を、もう誰も評価はしてはくれない。自ら足を踏み外したのだと、神崎が認めるまで随分かかった。
 果たして『KIRA』の息子達は、父親のような存在となるか。それとも―――。
 神崎は出会うのを楽しみに思いながら、唇を吊り上げた。

 藤沢から鎌倉まで走る江ノ島電鉄は、通称江ノ電と呼ばれ親しまれている。紫陽花の季節となれば沿線に紫陽花が咲き、成就院(じょうじゅいん)、長谷寺(はせでら)、明月院(めいげついん)は紫陽花見物の観光客で賑わう。その十一番目の駅が近づく。
 「次は、極楽寺」
 車内アナウンスに一人の高校生が椅子から立ち上がり、扉の前に立つ。
 「よっ、お帰り。陸」
 肩を叩かれ振り向いた彼の顔が、いかにも迷惑そうに眉が寄った。
 「海兄、何でいるんだよ」
 「なんでって、家に帰るんだからいるのは当たり前だろう。そう、迷惑そうな顔をするなよ。お前の兄貴だぞ?俺は」
 「何でも車を使わないんだよ。『BROTHERS』の『KAI』とあろう人間が、江ノ電に普通に乗るか?」」
 「いいじゃん。誰もきづいてないみたいし」
 少年の兄は、波打つ金髪を束ね、眼鏡をかけ、ギターケースを背負っていた。今やスターの階段を上り始めた少年の兄二人、変装しているわけでも意識している訳でもないが、人気ロックバンドメンバーだと周りに気付かれない。まさか彼らが堂々と電車に一人で乗っているとは思っていないからだが、別の意味で目立つ。
 「よくもまぁ、そうポンポン言えるなぁ?益々、空に似てきたな」
 「なんで、空が出てくるんだよ」
 「口を開けば地面に沈みたくなるような毒舌を展開するし、寝起きは悪いし、普通の人間はかなり落ち込むぞ?」
 そう言ってる彼も、相当酷い事を云っているのだが。
 「その空は?」
 「まだライブハウスにお籠もり中。多分、曲作りさ」
 「新曲、この間だしたばかりじゃん」
 「いくら双子でもアイツの事は何でも理解る訳じゃないよ」
 兄・海と並んで、陸はもう一人の兄を想う。
 極楽寺駅は、木造のこぢんまりとした駅舎だ。緑色の大きな看板を掲げたその駅舎の脇には今では見られなくなった旧式の郵便ポスト、駅を出て左に曲がって歩けば、江ノ電長谷駅と極楽寺駅の間にある江ノ電唯一のトンネル、極楽寺トンネルが近くにある。明治40年に完成したこのトンネルは全て人力で掘られ、極楽寺駅側の入口は『極楽洞(ごくらくどう)』、長谷駅側は『千歳洞(ちとせどう)』」と別々の名がついている。そんな『極楽洞(ごくらくどう)』を、見下ろす橋がある。空を含め天道家三兄弟には家に帰るいつもの帰宅ルートだが、『極楽洞(ごくらくどう)』から出てくる江ノ電を撮影しに来ていたらしい鉄道ファンも、さすがに海の姿に手を止めた。
 背に流れる波打つ金髪、176センチの長身、これに空が加われば何処の外人モデルかと思う。陸とは母親が異なる異母兄弟で、アメリカ人ソプラノ歌手だった母とロックミュージシャンだった父の遺伝子を見事に受け継いだ双子は、人気ミュージシャンの仲間入りした現在でも平気で電車で活動拠点の鎌倉に通う。
 昔は、この極楽寺のホームを三人で並んで歩いた事もあるが、それは陸が幼稚園の頃だ。 海と空が『BROTHERS』としてメジャーデビューしてからは、食卓に三人が揃う事も減った。
 「それより喜べ。今日はおでんだぞ」
 「俺はカレーがいい」
 「文句ないいわないの。昔は、兄たんと云って可愛かったのに」