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BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン

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(二)

 鎌倉・小町通り―――、鎌倉駅東口を出て直ぐに目の前のあるこの通りは、鎌倉・鶴岡八幡宮に通じる通りで、地元の人をはじめ観光客で賑わう。
 そんな小町通りの裏路地に、こぢんまりとした喫茶店がある。海たち『BROTHER』メンバーには馴染みの店である。
 「ご無沙汰してます、椎名さん」
 「吉良の―――葬式以来かな?君と会うのは」
 「俺も珈琲ね、マスター」
 「あいよ」
 椎名こと椎名和彦は元、音楽プロデューサーである。しかも父・天道吉良を含むバンド『SOULJA』をメジャーデビュー直前まで押し上げた名プロデューサーである。既に業界から身を引いたと言っても、彼なら調べれば過去の事など簡単に調べられる。
 「単刀直入に聞こう。『KIRA』は、君だね?海」
 「『KIRA』は死んだ親父だけですよ」
 「私もそう思っていたよ」
 テーブルに置いたカセットテープ、『KIRA』とラベルに書かれたそれに、海の表情は変わらない。
 「五年前、私の所に匿名でコレが送られてきた」
 「椎名さん、俺はYESともNOとも言えません。でも―――そのうち理解りますよ。何もかも」
 謎めいた海の言葉に、椎名は眉を寄せる。椎名が仮にテープの主を探し出したとしても彼はもう何もできない。既に業界から身を引いた身だ。椎名はそれ以上追求してこなかったが、海は生きた心地はしなかった。
 「危ねぇ…」
 海は隠し事が下手だ。追求されると、直ぐに態度に出る。確かに、海は椎名にテープを送った。彼もまた、誰かに自信の感動を伝えたかった。巧みなテクニック、心を揺さぶれる音、今度の新曲に不可欠なのは、海も思う。ただそれには、リスクが伴う。

 ―――あの叔父貴に、絶対言わないと言う自身あるか?

 空に言われ大丈夫だと答えたが、はっきり言って自信はない。この間も、なにか隠してないか?と突っ込まれたばかりだ。
 空がメンバーよりも先に見せた新曲の譜面、今度のライブまで観客と叔父・リキには漏れないようしなくてはならない。
 しかし、運命はまたも過酷だった。

 病院の診察室で医師が、患者に静かに告げる。
 「―――今すぐ入院、治療を勧める」
 皮肉な診断結果に、彼は相当な衝撃を受けたにも関わらず聞いた。
 「それで―――、いつまでやれる?」
 医師の、はっきりとした返事はない。
ライブの日は明日である。

 「メリークリスマス」
 鎌倉駅のホームで、親友・塚田が陸を見つけてやって来る。
 「お前なぁ、恥ずかしいだろうが。普通にあいさつできんのか?」
 「今日は聖夜だぜ?」
 「全く、この時期になるとどうして、にわか教徒(クリスチャン)が増えるんだが」
 「お前の親父、そのクリスチャンじゃなかったか?」
 「何でウチに結びつける。兄貴も俺も、無宗教だよ。上はともかく、二番目は鼻で笑うな。うん!間違いなく」
 一体、この末っ子に二人の兄はどう思われているのか。
 「それよりさぁ、お前がライブハウスに行くなんてよ。しかも最前列のチケット、よく取れたなぁ」
 「知り合いがくれたのさ」
 陸は、思わずたじろいだ。本当はその兄から貰ったと言えばいいが、更に追求される。陸も海と同じで、こうした追求には弱い。
 「―――来たか」
 そんな二人を人混みから見つけ、リキが口許を緩めた。だが、さっきまで脳天気振りを発揮していた塚田は、固まった。
 「陸、お前この人と知り合い…か?」
 確かに叔父・天道リキも目立つ。既に四十代後半だが、イケメンだ。ウェーブのついた長髪を後ろで束ね、とてももうすぐ五十になるおじさんには見えない。
 「…『SOULJA』の、『RIKI』さんですよね?」
 「―――君の歳で、昔の俺を知っているとは驚きだな」
 「こいつは、昔のものから現代まで幅広いマニアなのさ、リキ叔父さん」
 塚田は、遂に叫んだ。
 「実の叔父さん!?」
 恥ずかしがりの陸は、咄嗟に塚田の口を手です塞いだが、周りは彼らを注目している。何事かと振り向いたのだろうが、さすが元ミュージシャン・リキは落ち着いていた。
 ライブ開始まで、まだ一時間。塚田は、何か食べてくると出かけ、陸はリキと共に控え室に入った。
 「部外者が入っていいの?」
 「楽屋は、まずいだろうが、ここならいいだろう。お前は俺の甥っ子だからな」
 「リキ叔父さん、凄い有名人だったんだね」
 「凄くなんかないさ。あいつらや、あいつに比べればな」
 「父さんと、兄貴たち?」
 「ステージに立つと、別人になる。特に吉良は―――、お前たちの父親は何かに憑かれているじゃないかと思うほどさ」
 「―――音楽の神様」
 「え…?」
 「俺が言ったんじゃないよ。椎名のおじさんさ。天道吉良には、音楽の神様が降りるって」
 「お前、椎名さんに会ったのか?」
 「電話で話しただけだよ。そう言えば、さっき見かけたよ。この人と一緒に」
 言葉を失った、リキである。リキの控え室には音楽専門誌『LEGEND』があった。オリコン年間ランキングトップを獲得した『SEIYA』について、今後の意気込みを、所属事務所社長の神崎竜二が語っている。
 「…何故、この二人が…」
 「その人、俺一度会ってる。父さんの墓の前で」
 「吉良の墓に…来た?」
 「うん。この人、芸能事務所の社長さんだったんだ」
 叔父が何故顔色を変えたのか、陸は知らない。
 だが、さすがに会場内でも二人は目立った。神崎芸能プロダクション社長と、元名プロデューサーが顔を揃えれば、当然である。更にそこに、橘涼子も現れた。
 「おいおい…」
 大手芸能プロダクション敏腕マネージャーまで現れては、雑誌記者たちの反応は最早驚きを通りとして呆気にとられた。
 「―――こんな所で会うなんて」
 「偶然だよ、涼子」
 そして―――、ステージの幕は上がった