BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン
(三)
五年前―――、天道家。
「やっぱ、凄ぇ…」
CDから聞こえてくる音色に、海は素直な感想を言う。
「まさか、それをやるんじゃないだろうな?」
「ないない!俺には無理だね。全く、親父は人間じゃない」
唯一、自宅に残された天童吉良の音源。ギターを単に弾いているだけではなく、高度なテクニックを駆使している。まさに、神業だ。
「人間じゃないんなら、何なんだ?海」
「んー…」
「お前なぁ…」
「神様」
「はぁ!?」
「な…、何だよ」
空から新曲の譜面を見せられた時、海は兄として素直に受け入れられなかった。
「それしかないだろう?」
「―――マスコミが、気付くぞ」
「そんなもので潰れる柔なタマじゃないだろ?俺たちは」
もうすぐ、運命の新曲披露。
眩いライトを浴びて、ベースを弾く海の斜め前に空がいる。
―――行こう。必ず。
憧れの、日本武道館。そのステージに。
二曲目が終わり、ステージが暗転した。
「―――…な」
思わずそう声を漏らしたのは、リキだった。
「天道プロデューサー?」
「聞いていないぞ…、俺はこの構成…聞いていない」
ステージ構成はもちろん、曲も細かくチェックしていたリキが驚くは無理はなかった。
「―――最後は、俺たちの新曲、『BEAT』」
空の声に、ステージは一気に明るくなった。
イントロからの、ハイテンポなギター。
「これって―――…」
椎名和彦、神崎竜二、そして橘涼子は直ぐに理解った。
「彼が―――『KIRA』だ」
三人がそう確信して、見た人物。
「天道空…」
まさしく、空がギターを弾いていた。五年前、あのCDに録音されていた通りのテクニックで。
◆
ライブは、大成功だった。誰もが、心躍る興奮に酔った。
―――行ける!行けるぞ!俺たちは、武道館に!
『BROTHERS』の面々は、そう確信した。空の隠されていたギターテクニックがあれば、世間はもう放っては置かない。
楽屋へ向かう通路で、メンバーの足は止まる。
「―――これは、どう言う事だ?」
明らかに憤っているリキを前に、空が進み出た。
「俺が、皆に口止めしたのさ。あんたに言えば、反対派されるのは理解っていたからな」
「当たり前だ!」
「そう怒らなくても…」
「お前は黙っていろ!!海」
リキは、元ベーシストである。ギターテクニックが巧いか以下か理解出来る。空のギターリストの腕は、まさに神懸かり。
「空、確かにお前のテクニックは最高だ。俺も挑戦してできなかったあのテクニックを、お前はやった。だが―――、おれが怒っているのはお前たちが俺に今日の事を隠していたからじゃない」
「海、皆と先に行ってくれるか?」
「空、…理解った」
海とメンバーは楽屋へ続く曲がり角に消えた。
「―――張り倒したい気分だ」
「そう言えば、あんたに殴られた事なかったな」
「可愛げのない子供だったよ、お前は」
「随分だな。いい子だったと俺は思うぜ?海なんか、しょっちゅう悪戯してたしな」
「いい子過ぎるのさ」
天道吉良が亡くなった十二年前、三人の息子を引き取ったのは独身だったリキである。家事などした事はなかったが、幸い海が料理を子供ながら熟した。既に母もなく、父と四人暮らしだった為、他人に頼らず何でもできるようになろうと覚えたらしい。
そして、空は決して我が儘も言わず、欲しい物も言わず、子供の頃からポーカーフェイスだった。陸は甘えん坊で、泣き虫で、リキの心の傷が、三兄弟にどんなに癒やされたか。今でも、思う。もう少し甘えて欲しかったと。父親にはなれなくても、家族なのだから何でも言って欲しかった。
「叔父貴には、感謝しているよ」
「空」
「今度で…決着をつけるよ」
「今度―――?」
「どうやら、時間は止まってくれそうにないんでな」
ただならぬ空の覚悟に、リキは嫌な予感がしてならない。二人がいる通路には、まだ興奮が冷めぬ観客の声が聞こえていた。
作品名:BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン 作家名:斑鳩青藍