幻燈館殺人事件 前篇
返り血を浴び赤く染まった怜司の手を引きながら、桜子は清々しそうに微笑む。その微笑みを見ると、怜司は二人で必ず生きていこうとそう思えた。そう思った瞬間、今度は怜司が桜子の手をぐいと引いた。
「行こう!」
怜司がそう言うと、二人は駈け出した。
二人に言葉すらかけず、ただ見送ると花明は蝶子に近づいた。
「だめ……ですわね。もう絶命されてしまったわ」
蝶子は花明の気配を背中で感じると、そう零す。
「桜子さん達には逃げられてしまいましたが、よろしかったのですか?」
「おかしな事を……花明さまとて捕まえて下さる気などなかったのでしょう?」
「殺人容疑の次は逃亡幇助で訴えられますか?」
花明がそう言うと蝶子は「まさか」と小さく微笑んだ。
「僕はただの学生です。何が罪かなど分かるはずもありません。誰かを捕まえることなど、きっと出来はしなかったのでしょう」
そう続けた花明の耳に、自動車が走り去る音が聞こえた。
あの二人はどこへ行くのだろう、だがどうかその先に光がありますように――祈りを込めて、花明はそっと目を閉じた。
幕
作品名:幻燈館殺人事件 前篇 作家名:有馬音文