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幻燈館殺人事件  前篇

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「花明さまが人影をご覧になったのは朝方。間もなく朝日が差し込む頃。花明さまと言うお客様をお招きしている時に、夜間着で廊下を歩くのは失礼ではありませんか。代美さまは入浴でもしようと思い立ち、とりあえず着替えただけなのかもしれませんわ」
「ふむふむ、確かにそう言われると辻褄が合いますなぁ」
 手帳を開きながら、小野田警部がしたり顔で頷いている。それに後押しされたかのように、蝶子の追撃は続いた。
「それともう一つ。仮に私が怜司さまの愛人であったとします。愛人と過ごした事は一般的に隠したがるものではありませんの? もし昨夜怜司さまとその愛人である私が会っていたのならば、怜司さまはこう証言するのが普通ではありませんか。昨夜はずっと一人だったと」
「しかしだね、蝶子さん。人影を目撃されておるわけですから、そこは誤魔化しがきかないと思われたのではないですか?」
「嫌ですわ、小野田警部。お忘れですか? 怜司さまは花明さまの目撃証言より先に代美さまと一緒にいたと仰っていたではありませんの」
 蝶子に切り返され「そうでしたそうでした」と何度も警部は頷く。しかしこの反論は花明にも予測できていた事だった。分からなければ問えばいいとばかりに、花明は怜司に向き合った。
「では怜司さんにお聞きします。怜司さんの部屋を訪れたのが代美さんだと判断したのは何故でしょうか? 怜司さんは先ほどの実験により、その人物の顔を判別する事は出来ない事が証明されました。一体何を持ってその人物を代美さんとしたのか」
「それは……俺の寝具にあんな恰好で入ってくる女など代美以外にはあり得ないからだ」
 気まずそうにそう言うと、怜司は花明から視線を外した。
「確固たるものがあるわけではない、と。では何かしらの声を聞いたわけでもなければ、仕草や髪型などで判断したわけではないと。夜間着で潜り込んできた――初めの問題に立ちかえりましょう。なぜ代美さんは会食事の服装で殺されていたのでしょうか。怜司さんの部屋には夜間着で訪れたにも関わらずです」
「ですから入浴でもしようと思い立ったのではありませんか?」
「……怜司さん、代美さんの夜間着はいくつかあるのでしょうか」
「ああ、何着かあるはずだ」
「ここにいらっしゃる皆様なら当然ご存知ですよね。そう夜間着は何着かあります。僕も代美さんの部屋を調べたときに確認しています。沢山の衣服がありましたが、とりあえず風呂場まで向かうのであれば、何も会食事のような正装ではなく、もっと楽に着られる服があるように思うのです。いくら洋服に疎い僕でも判別の付くほどに、洋服の種類は多岐に渡っていました。それともう一つ、寝台の上には、廊下を移動する際に着ていた上着が投げ捨てられていました。一度着替えられたというのなら、あの上着もちゃんとしまわないでしょうか」
「姉――代美さまは細かい事は気にしない性格でしたから、後で使用人が片付ければいいとでも思っていたのかもしれませんわ」
 姉という単語でもって以前から代美はそういう性格であったのだと、蝶子は少しだけ語気を強めた。
「なるほど、確かに否定は出来ません。が、何かやはり違和感を覚えます」
「殺した犯人が着替えさせたのだろう!」
 黙って状況を見ていた大河が思わず言葉を発する。それを補う形で小野田警部が手帳を読み上げた。
「代美さんには抵抗した後はなく、眠っている所を一突きされたようです。となると怜司さんの部屋から帰ってきた代美さんが眠ってから――もしくは何らかの方法で眠らせてから着替えさせ、心臓を一突きしたという事になりますなぁ」
「その夜間着は高価なものなのでしょうか? 汚れるのが惜しいような」
「九条家において安物などは一つたりとて無い。だが別段保護しなければならないような代物でもない」
 大河が誇らしげに発言する。その目が貧乏書生の貴様には分かるまいと語っている。しかし花明はこちらとて分かりたくもないとでも言いたげに、その視線を気にも留めずに疑問を口にする。
「では何か思い出の品とか? お金には変えられない価値があるとか」
「いや、そんな事はない。何の思い入れもないただの夜間着だ」
 とこれは怜司の弁。愛していないと言っていたが、さすがにその程度の事は知っているようだ。その言葉に納得したように相槌を打つと、その場の全員に向って再び花明が推測を話し始めた。
「では夜間着で怜司さんの部屋を訪ねた事ではなく、夜間着ではない状態で殺された事に注視してみましょう。この状況で最も可能性が高いのは一度も着替える事無く、部屋に戻るなり眠ってしまったという可能性です。つまり代美さんは怜司さんの部屋には行っていなかった。では怜司さんと共に過ごしたのは誰なのか? 代美さんが怜司さんの部屋にいたという証拠はどこにもありません。あくまで怜司さんの証言だけです。他の場所で見かけたなどの証言も証拠もありません。代美さんは会食時にとても酔っていらっしゃいました。あの泥酔ぶりですと部屋に戻るなり眠ってしまったと考えるのが自然ではありませんか」
 ここまで一気に喋ると一度言葉を区切り、花明は大きく息を吐いた。誰も口を挟んでこない事を確認すると、神妙な面持ちで話を続ける。
「ここからお話する事はあくまでも仮説です。仮の話と思ってどうかお聞きください」
「……分かりました」
 蝶子が返事をすると、他の物も皆分かったと頷いた。
「つまり、怜司さんの部屋にいたのは蝶子さんだったのではないでしょうか。蝶子さんならば代美さんと声も背格好も似ています。それに蝶子さんのアリバイを証明出来る人間はいません」
「すると君は、そのー、やはりお二人は不倫していたと、こう言うのかね?」
 警部が言い難そうに発言すると、花明はしかし頭を振った。
「いえ、そうではありません。もしお二人が不倫関係にあったならば、先程も言った通りそれを隠そうとするのが当然ではないでしょうか。しかし怜司さんは私が人影を見たという前から、代美さんと一緒にいたと証言しているのです。また怜司さんはこうも言われていました。代美さんに対する愛はないと。もし代美さんがこの館の誰かと不倫をしていたのならば、それを離婚の名分としたいと」
「夫婦関係は冷えていた、と。しかし愛していないのならば、なおさら怜司さんこそ不倫に走ったのでは?」
 手帳に花明の発言を書き留めながらも、小野田警部は疑問をぶつける。
「いえ怜司さんからすれば、自分が不倫をし、それに付け込まれて代美さんに居座られては悪夢でしかないのです。それに怜司さんは今でも昔の恋人である一之瀬桜子さんを愛しておられるのです。それも真実心から。この事からも怜司さんの不倫は考えにくい。つまり昨夜怜司さんの部屋にいたのが蝶子さんであったとして、それが不倫目的というのは考えにくいのです」
「では何の目的で」
「代役――ではないでしょうか」
「代役? 代美さんのか?」
 小野田警部が驚いたように目を見開くと、花明は自分の推理に自信を持って力強く頷いた。
「そうです。怜司さんは蝶子さんを代美さんと認識していました。昨夜怜司さんの部屋にいたのは蝶子さんだったとしても、怜司さんの中ではあくまでもそれは代美さんだったのでしょう」