幻燈館殺人事件 前篇
「その相手が当主さまの愛人であると?」
「その可能性は高いでしょうね。確認ですが、当直以外の使用人の方は別棟に寝泊りしているのでしたよね?」
「はい」
「本館に入るための鍵は一つで、当直の人間が管理している」
「その通りでございます。あ……当直は二人ずつの当番制で、組み合わせは毎回変わります」
「そうです。宿直室は二人部屋でした。部屋を抜け出せば、もう一人に気付かれてしまいます。二人が口裏を合わせていたとしても、組み合わせが毎回変わるのであれば、必然的に回数が減ります。そう考えると、使用人のどなたかが大河さんの愛人である可能性は極めて低いのです」
それを聞いて今度は柏原が思案にくれる。何かを思い出したかのような表情を見せると、思い切ったように口を開いた。
「そういえば……」
「何か?」
「以前、夜更けに蝶子さまがお部屋から出られていくのをお見かけしました」
「蝶子さんが?」
「はい。その日は私が当直でしたので、本来なら当直室を離れては行けなかったのですが、昼にやり残してしまった繕い物があったので、それを仕上げてしまいたくて二階の裁縫室に取りに行ってしまったんです。その時お見かけして……。厠とは違う方向でしたし、あんな時間にどちらに行くのか気にはなったのですが、私も見つかってしまうわけにはいきませんでしたので、こっそりそのまま当直室へと戻ったのですが……」
「ふむぅ……そんな時間に一体蝶子さんは何を? もしかして大河さんの愛人は蝶子さん……?」
「そこまでは私には分りかねますが……」
花明は顎に手をやり暫し考えた後、すくと立ち上がった。
「蝶子さんにもう一度話を聞きに行きます」
「えぇっ!?」
余りにも大胆なその行動力に柏原が思わず驚きの声を上げる。
「何しろこのままでは僕が犯人ですからね。躊躇などしていられません」
「分かりました。恐らく蝶子さまはこの時間でしたら自室にいらっしゃると思います。ご案内致します」
「お願いします」
花明と柏原は連れ立って蝶子の部屋へと向かった。
作品名:幻燈館殺人事件 前篇 作家名:有馬音文