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幻燈館殺人事件  前篇

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「確かにそうですね。しかしなぜ当直がいるかお分かりですか? いつ何時どなたかに呼ばれ、御用を申しつけられるか分からないからいるのですよ。昨日はたまたまどなたにも呼ばれませんでしたが、もしどなたがご用命なさっていたらどうです? そこに私がいないとなったら? そんな危ない橋を犯罪者が渡ると思いますか?」
 順序立ててそう説明すると村上は口を噤み、代わりに花明をじっと見つめ返す。
「確かに……。そうですね」
 やや気押されながら花明がそう言うと、村上はさもありなんと頷いた。
「それに我々使用人が次期当主である怜司さまの奥さまを――なんて大それた事……。皆色々あるでしょうが、使用人は所詮使用人です。理由があって働いているのです。家族の為、田舎の為こうして働いているのです。ここは二年という契約がありますが、お給金には恵まれています。みすみすそれを逃がす阿呆はいないと思いますよ」
「なるほど。では質問を変えます。何か最近変わった事はありませんでしたか? 例えば、大河さんと使用人の誰かが妙に仲が良いとか、怜司さんと代美さんが言い争っていたとか、あるいは蝶子さんの様子がいつもと違っていたとか……」
「そのような事を尋ねられましても……。旦那さまは使用人の事など道具程度にしか思われていませんし、若旦那さまと若奥さまの仲はいつも通りでした。若奥さまは若旦那さまのお世話を甲斐甲斐しくなさっていましたし、蝶子さまも千代さまのご教育に熱心で……っと、そういえば……」
「何か?」
「いえ、大したことではないのです」
「どんな些細な事でも構いません。何か気付くことがあったのなら教えて下さい!」
 花明の熱にやや押された形で、村上は用心深そうに口を開いた。
「本当に大したことではないのですが……。当直は当直室に常に待機しているのですが、零時と四時に見回りをするんです。言っておきますが、これは時間も道筋も厳格に決まっていますからね、この時間に殺人を犯す馬鹿はいませんよ?」
「分かっています。続けて下さい」
「昨日ではないのですが、その見回りの際に旦那さまの部屋から何か話し声が聞こえた事があります」
「話し声? 相手は分かりますか?」
「分かりません。恐らく女性だろうとしか――昨夜の話ではないので、事件とは関係ないでしょうが。私がお話しできるのはこれ位です」
「有難うございました。お時間取らせてすみません」
「いえ……。では仕事に戻らせて頂きます」
 村上が一礼をし、机に戻ると花明もまた一礼をした後執務室を出た。

「お話はいかがでしたか?」
「はい、十分とは言えませんが聞きたいことは聞けました。これでこの屋敷の全ての人から話を聞けたことになります」
「そうですね。一度どこかで考えを整理しますか?」
「そうさせて頂けると有り難いです」
「では花明さまのお部屋まで案内致します。後ほどお飲み物をお持ちいたします」
「有難うございます。それと部屋までの案内はいりません。さすがに客室までの行き方は覚えました」
 花明がそう言って少し照れくさそうに笑うので、柏原も微笑みながら頷いた。
「畏まりました。では後ほど」
 一礼をし、去って行った柏原の背中を見送ると、花明は紫色の絨毯を踏みしめ、黒い館を一人歩く。
 殺人事件など起こっていないような静寂に包まれた館で、そうして一人で歩いていると思考の中の霧が少しずつ晴れていくような心地になる。
――現段階で別棟にいた吾妻、斎藤、狭山の三人は犯人候補から除外してもいいだろう。だがしかし、この内の誰かが鍵を持つ村上と共犯だったら? 可能性は無くないが、村上が言っていた通り危険性が高い。もっと上手くやれる方法がありそうなものだ。柏原には完全な現場不在証明があるし、幼い千代には母の胸を即死するほどの勢いで一突きにするのは無理だろう。では犯人は誰か? 怜司か? 蝶子か? それともあの悲しみ方は狂言で大河がやったのかもしれない……。
 そんな風に考えていると、あっという間にあてがわれた客間へと辿り着いていた。
 扉を開け部屋に入りインバネスを脱いで寝台へと放り投げる、自身も寝台に腰をかけると長い溜息が零れた。思考は尚も止まらず、答えを見つけ出そうと脳は必死に動き続ける。
――しかし……おかしいのは代美さんの服装だ。なぜ会食時のままだったのだろう? 夫の寝具に入るのに、あんなドレスを着ているものだろうか。
 などと一人考えていた花明だが、部屋の扉を叩く音で考えが断たれた。
「柏原です」
「どうぞ」
 花明が入室を促すと、盆に紅茶を乗せた柏原が一礼とともに部屋へと足を踏み入れた。
「どちらにご用意しましょう?」
「では、そちらの円卓に」
「畏まりました」
 円卓に茶器が置かれたので、花明は寝台から立ち上がり椅子へと座りなおした。
「柏原さんも座ってください」
「いえ、私は」
「お願いします。一緒に考えを整理して頂きたいのです」
「……そうですか。分かりました」
 柏原は頷くと花明の向かいに腰かけた。
「一つ、疑問があるのです」
「どのような事でしょう?」
「代美さんの服装です。怜司さんの寝具に入るのに、会食時の服装のままというのは不自然だと思いませんか? それに化粧も乱れていなかった」
「確かに……」
 花明の問いかけに柏原も頭を捻る。
「……僕は思い違いをしていたのかもしれません。代美さんは会食後部屋から一歩も出られなかったのではないでしょうか」
「それならば怜司さまの証言はどうなるのです? 怜司さまは朝方まで代美さまとご一緒だったと言われているんですよ」
「そうなのです。代美さんが怜司さんの部屋に行かなかったならば、遺体の不自然さに納得がいきます。しかしそうなると怜司さんとの証言が合致しない。怜司さんが嘘の証言をしている……という可能性もあります」
「怜司さまが……。確かにそうかもしれません。ですが昨夜は怜司さまと代美さまの間には何も無かったと仰ってましたわ。怜司さまの隣で代美さまは少し横になっただけ――それでしたら、どうでしょう?」
「なるほど……。泥酔してはいたが、怜司さんに会いたくなった。何もしなくとも傍にいられれば良い、そういう時は誰しもありますからね。しかしそれにしても……ふむ。そういえば、もう一つ怜司さんから気になる話を聞きました」
 柏原は花明の話に真剣な面持ちで耳を傾けている。花明も聞いてくれる相手がいることにより、考えが纏まりやすい気がした。
「先ほど柏原さんが退出した後に聞いた話なのですが、怜司さん曰く大河さんには愛人がいらっしゃるようなのです」
「愛人……?」
「はい。つまり代美さんはその愛人の存在に気付いて――」
「まさか、当主さまが?」
「……もしくは、その愛人が犯人である可能性もあるのではないかと怜司さんは考えていたようです。そこで私も大河さんの愛人を探すことにしたのです」

「……私が当主さまの愛人かもしれないと疑っておられますか?」
「いえ、そんなことはありません。面白い情報が一つだけありまして、昨夜ではないんですが、村上さんが当直の見回りをしていたときに、大河さんの部屋から話し声が聞こえてきたそうなんです。残念ながら相手が誰なのかは分からなかったそうですが」