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聖夜の女神様

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周防晴斗


「花…?」

 ファー付きの黒いジャケットを着て、寒さで鼻を赤くした男子が、入口で呆然とした様子で立っている。

 そうして私の体は固まった。

 見覚えのあるその男子を忘れるはずがあるだろうか。
 私は彼を待ち焦がれていた。
 今までずっと、ずっとその姿を見たいと思ってた。会いたいと思っていた。

 「周防晴斗」、私はあなたを待っていた。

「晴斗…、ど、どうしたの…?」

 待ちに待ったこの瞬間なのに頭の中はめちゃくちゃで、どうしたらいいか分からないし、まともに目を合わせることすら出来ない。

「…突然開けてごめん。…あのさ、…有栖先輩の飲物って、…ある?」

 晴斗は以前のように普通に話し掛けて来た。ただ、何かちょっとよそよそしい。

「…有栖先輩の…そこの鞄に…入ってると思う」

 声の出し方も忘れてしまうほど私は緊張している。
 そして、緊張に耐えることが出来ず、うつむく。待ちに待った時なのに、どうして何も出来ないのだろう。話したいことがあるはずなのに。悔しいけど、どうしたらいいか分からない。
 そうして悶々としていると
「…今日、出るのか?」
と、晴斗が話し掛けて来た。
 私は思わず顔を上げて晴斗を見つめ、そして、こくりと頷いた。
「…そっか。花だったんだ…。」
 そう言うと、晴斗は少し困った様子でもみあげの辺りをポリポリと掻いた。そして
「…あの…」
 と、晴斗は私を見て口を開きかけた。
 しかし、目が合ってしまうと私の方が混乱してしまい
「有栖先輩の飲物だよね、取ってくるよ」
と言って晴斗の言葉を遮ってしまった。
「…あ、…いや、いいよ。鞄の外に出てるし、自分で取るから」
 私が立とうとすると同時に、晴斗は部屋に上がり有栖先輩の飲物を取る。そして、再び入口に立つと私の方に体を向けて「…邪魔したな」と言って踵を返す晴斗。

 晴斗がいなくなる。

 私は晴斗の背中を見つめながら、言いようのない焦燥感に襲われていた。
 せっかく女神様に届いた願いなのに。こんなにも期待して、すぐに叶えてくれた願いなのに。これを逃したら、もう晴斗とは二度と話せないような気がするのに。

 結局、私はなにも出来ない。

 嫌だよ、こんなの。後悔は、したくないよ。
 
 私は何をぐずぐすしているのだろう。私が、動かなきゃ。
 私はすっと立ち上がり、その名を呼んだ。

「晴斗」
 
 驚いた表情で振り返る晴斗。
 早く、何かを言わなければと焦るが、私の意に反して思いは言葉とならない。

「花」

 晴斗が、私の名を呼ぶ。
 顔を上げると、晴斗は口元を上げて軽く微笑んでいた。
 私もつられて微笑んだ。

「…さっきの笑顔より、こっちの笑顔の方が自然でいいよ」

 安心しきった表情で言う晴斗。こんなこと、晴斗が言うのは珍しい。
 なんだか顔が、熱くなってくる。きっと私の顔は真っ赤だ。
 ただ、晴斗の顔も心なしか顔が赤いように見えた。そして、彼は自嘲気味に呟いた。

「…何言ってんだ、俺は…」
 晴斗は大きくため息を付いて、気を入れ直すと
「頑張れよ」
と一言言って、本当に踵を返し、この部屋から出て行った。
 彼の姿を消して、扉は閉まった。

 4ヶ月ぶりの、晴斗との、ぎこちない会話。
 女神様が与えたもうたご慈悲はあっという間になくなった。でも、晴斗と話せただけでも私は嬉しい。4ヶ月間、挨拶もままならなかった。寂しいし、苦しかった。
 
 また、話せるかな。

 昔はこんなこと思うことなんてなかったのに。野球部のマネージャーをやっていた頃は彼と話をすることは当たり前のことで、なんの苦労もなかった。それなのに、私が勝手に辞めてしまったから彼との溝は深くなって、当たり前のことが当たり前のことじゃなくなった。

 さっき私は晴斗とちゃんと話せなかった。
 今度はあった時に晴斗と会うことが出来たら、ちゃんとお話しできるかな。。

 もう一度、晴斗に会うことができれば。
 野球部の時みたくお話したいなぁ。

「たっだいまーっと。うわ、ここあったけー」
 寒さで頬を赤く染めて、里久先輩が帰って来た。
「もう時間だな。さぁて、花さん、ホールの方に移動しますかぁ」
 もう30分が経ってしまったのか。あっという間だった。かつてこれ程までに30分を短く感じたことはあっただろうか。なんだか、さっきの出来事が夢の様に感じられる。
「…花?どした?」
 不思議そうに私の顔を覗き込む里久先輩。
「いえ…大丈夫です」
「そうか?…なんか、一層雰囲気が女神様みたくなった気がするなぁ」
「…そうですか?」
「うん。…でも、ま、いっか。さ、行くぞ」
 そして、里久先輩のエスコートを受けて、私はイブパーティの会場であるホールへ移動を開始した。


作品名:聖夜の女神様 作家名:藍澤 昴