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聖夜の女神様

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 私と晴斗の足音は嫌になるくらいに大きく響き、消火栓の赤い光と非常口の緑の光だけが暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる。
「夜の学校って雰囲気あるね」
 と、私は何ともなしに呟いてみた。真っ暗な校舎はいかにも幽霊が出て来そうで気味が悪い。
「確かにな。…花、こういうの怖い?」
「……ちょっと」
「ふぅん」
 と、晴斗は相槌を打つと、それきり押し黙ってしまった。
 このような状態で静かになってしまうと、私の恐怖心は更に煽られてしまう。
 しばらく歩くと、晴斗はピタリと立ち止まって、私の方を見た。
 消火栓の赤い光に照らし出された晴斗の顔は、幾分不気味な感じがした。

「…花、後ろにいるの誰?」

 神妙な顔付きで尋ねてくる晴斗。

「…え?」

 私の身体がサッと冷えていく。

「…後ろに、子供が……抱き着いてる……」

 水子の霊?!

「は、晴斗、どういうこと?…や…だ、変な冗談はよしてよ」
 と、私は一生懸命平静を装って笑顔で言った。
 寒いはずなのに、変な汗が出てくる。
「紺色の浴衣を来た女の子が…」
「やだやめて!お願い!」
 晴斗が全てを言い終える前に、私は声を荒らげ、耳を塞いでしゃがみ込み顔を伏せてしまった。だめ。私はこういうのが本当に苦手。
「ご、ごめん。花、冗談だよ」
 晴斗はしゃがみ込んで私の背中を撫でる。
「…冗談?…」
 私はそのままの態勢で尋ねた。
「ああ、冗談だよ。本当は何もいないから」
「本当…?」
「あぁ、本当だよ。さ、立って」
 と、晴斗は言うけど、いつもは真面目な晴斗が言う冗談は普通の人より冗談に聞こえ難いです。
「……晴斗の……ばか…」
 と、私はいささかむつけながら立ち上がって小さく呟いた。
「悪かったよ。そんなに怖がるなんて思ってなかったから…」
 晴斗も立ち上がると、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
「でも、幽霊が出ても、俺がいるからさ。安心して」
 私は顔を赤くさせながら黙って頷いた。
「……幽霊のことじゃなくても、俺が……いるから…」
 と晴斗は若干照れ臭そうに繰り返した。
 そんなことを言われたら、今の冗談のことなんてどうだってよくなってしまうくらい、嬉しくなっちゃうよ。
「…ありがとう。いざとなったら…、お願いします」
 晴斗は安心したようににこっと笑った。晴斗も顔が赤くなっている。
「いつでも、助けるからな。」

 そして、私達は、再び歩み出した。
 この時に見えた晴斗の後ろ姿は、初めて会った時のあの頼もしい背中の様だった。

 私達は控え室に至った。

 あぁ、お別れだ。
 
 私は名残惜しさを感じながら晴斗に上着を返した。

「ありがとう。暖かかったよ」
「良かった」
 晴斗は私から上着を受け取ると、すぐにそれを着た。
「…風邪ひくから、早く中に入りな」
「うん」
 晴斗の優しさに寂しさを感じながらも、私は晴斗に背を向け、ドアノブに手を掛けて回した。

─チリン

 鈴の音だ。この音、さっきも聞こえた。

 私は振り返って
「ねぇ、今、鈴の音聞こえなかった?」
と尋ねた。
 しかし、晴斗は「いや?何も」と言って首を傾げるばかり。
 
 おかしいな…。

 でも、まぁ、いいか。

「それじゃあ、晴斗、またね」
「あぁ。今度会うときは、来年だな」
「うん」
「…今日花と話せて良かったよ」
「…私も」
「へへ…。…それじゃあ、風邪ひくとやばいし、早く中に入れよ」
「…うん。ばいばい」
 そして、私は再び晴斗に背を向けて、控え室に入って行った。
 控え室に入り、ドアを閉めた瞬間

─チリン

 と鈴の音が聞こえた。
 ただ、この鈴の音は先ほどとは様子が異なる音色だった。まるでこの聖なる夜闇にすうっと吸い込まれて消えた様であった。

 でも、なんとなく、私はこの鈴の音が何なのか分かったような気がする。

 あなたでしょう?

 聖夜の女神様。








作品名:聖夜の女神様 作家名:藍澤 昴