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からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話

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 (ほら見ろ。岡本がつまらない昔話を持ち出すから、ママのおしゃべりに
 火がついちまった。こうなると止まらないぜ。
 嵐が来ても止まるもんか、ママの任侠話が、延々とはじまるぜ・・・・)


 俊彦が、鋭い目で岡本の横顔を見つめる。
(そうだよな、油断しちまった。任侠映画に目がないんだ、こいつは)
岡本が、『すまん』とひとこと、俊彦へ詫びを入れる。
ふたりのやりとりをよそに、辻ママの勢いは収まる気配を見せない。


 「男が男に惚れるというけれど、女だって女に惚れることがあります。
 レスビアンの話じゃなくて、女優さんのことよ。
 鶴田浩二も高倉健も素敵だけれど、女性の任侠映画のスターがいたわ。
 美しさと女の妖しさをあわせ持った、藤純子。
 彼女が主演した映画、緋牡丹博徒シリーズは、凄かった。
 1968年の「耕牡丹博徒」から、1972年の「仁義通します」
 まで、8作品が作られた。
 緋牡丹の刺青を背負った女ヤクザの緋牡丹のお竜が、女がてらに、
 義理と人情のしがらみの中を生きていくの。
 不正に身を持って立ち向かっていくというのが、この映画の定番パターン。
 藤純子のきりりっとした姿と、女らしさを秘めた物腰が、実に魅力的なの。
 流し目の白い顔と真っ赤な唇が、こちらを振り向くだけでもう、
 女の私でも昇天しそうなほど、興奮しました」


 (そのまま昇天しちまえばよかったのに・・・
 残念なことをしたなぁ、まったく)
(うん、その通りだ。俺も同感だ)と岡本と俊彦が、こっそりとささやきあう。
しかし。辻ママはこの程度の外野の雑音には、まったく動じない。

 「若山富三郎が扮する熊虎親分が、コメディ・リリーフ的に登場します。
 鶴田浩二や高倉健、菅原文太たちが交互に出演して、お竜さんを
 盛り立てます。
 シリーズの全部の作品が、いずれも高い水準をほこる作品だと思うけど、
 私がもっとも好きなのは、加藤泰が監督をした第3作の、『花札勝負』、
 第6作の『お竜参上』、第7作の『お命頂きます』の3作品。
 これが群を抜いていますねぇ。
 特に第6作の『お竜参上』は、演出がすみずみまで行き届いいます。
 シリーズの最高作で、藤純子も、泣けちゃうほど最高に綺麗で美しかった。
 藤純子の引退と同時に、この傑作シリーズも終わりました。
 でもねぇ、藤純子は、1989年に富司純子の名前で再デビューを
 果たしています。
 今でもテレビでみるけど、歳をとってもチャーミングよねぇ・・・・
 あんな風に、歳を重ねたいわねぇ」

 「知っています、あたしも。藤純子さんのその歌。
 ♪~娘盛りを渡世にかけて 張った身体に緋牡丹燃える
   女の 女の 女の意気地  旅の夜空に 恋も散る・・・・
 というあの歌ですよね。覚えているでしょ、
 岡本さん。あの時も歌いました。これも」


 (やばいなぁ・・・・話が完全に、元の路線に戻ってきたぞ)
俊彦が絶望的な眼差しを、黙ったまま飲んでいる弟子の康平へ向ける。


 (任侠道を行く岡本さん。
 12年前に藤純子の『緋牡丹博徒』を歌ったという美和子。
 ヤクザ映画の高倉健と、藤純子が大好きだという辻のママ・・・・
 任侠路線の支持派が3人。一般人は師匠の俊彦と弟子の私の2人だけ。
 とりあえず多勢に無勢です。ここは、嵐が通り過ぎるのをひたすら
 待ちましょう!)

 康平も目で、師匠の俊彦へ「あきらめましょう」と言葉を返す。